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開放性としての公共性

カテゴリー[情報社会]

こんにちは。東浩紀です。また1週間ほどあいだが空いてしまいましたね。

今日はちょっと憂鬱な話を。

みなさんもご存じのように、スペインのマドリードでテロが起き200人近い死者が出ました。先月はモスクワで地下鉄内で爆弾テロが起き、40人が死んだばかりです。9・11の「手段」となった航空機も公共交通機関といえば公共交通機関ですが、テロリストの手は、いまや、地下鉄やバスなど、市民の足に伸びてきているように思います。実際、イスラエルに旅行を考えると(いちど経験者に相談したことがあるのですが)、まず忠告されるのは「バスは使うな」ということです。

おそらくこのような傾向が続けば、そう遠くない将来、地下鉄やバスを含め、多くの日常的な交通機関の利用に個人認証が必要となることは十分に考えられます。少なくとも大都市ではそうでしょう。安全面での配慮だけではなく、その認証とキャッシュレスなICカードを組み合わせれば、実際、多くの消費者がそれを歓迎するとも思います。むろん、市民団体の一部はその流れを「ビッグ・ブラザーの再来」と批判するでしょうが、いままでの経験から見ても、その批判はあまり力をもたないと予想できます。

ところで、そのようなシステムが整備された場合、当然のことながら、不法滞在者やホームレスなど確固たる身分証明をもたないものは、小銭をもっていても地下鉄やバスに乗れないことになります。それははたして「よいこと」でしょうか? よくないけど、安全のためには「仕方ない」のでしょうか? 

それを決めるのは社会全体です(前にこのblogで書いたとおり「社会全体」など本当はないのですが、それはちょっと横に置くとして)。しかし、少なくとも僕に言えるのは、こういうときこそ、「公共とは何か」について原理的に考えてみる必要がある、ということです。

あちこちの研究会でも述べてきたように、僕は、公共性の基盤は、あくまでも他者への開放性(openness)の論理であるべきであって、クラブ財的な発想で他者を排除できる共有地(commons)の論理であってはならない、と考えています。そこが見失われてしまったら、近代社会の最良の部分が失われてしまう。そして、私たちの社会は、情報技術の整備が後押しして、実際に急速にその開放性を失いつつある。これが情報自由論の基礎にある危機感です。

日本は、本当の意味では、まだテロに怯える社会になっていないと思います。カルトにしろ、北朝鮮にしろ、テロの脅威はまだ興味本位の「(笑)」と密接に結びついている。しかし、その状態がいつまでも続くとは思えない。東アジア全体があるていど豊かになり、いまはごまかされている民族的な多様性が火を吹いて、北京やソウルや東京でテロが起こるようになったとき、この国がどこまで市民社会の原理を貫けるか。そこでこそ、東アジア唯一の「先進国」という立場を長いあいだ独占してきた日本の真価が試されると思います。そんなことを考えました。

Posted by: hazuma : 2004年03月12日 11:29 | TrackBacks

コメント

東先生 こんにちは
最近ようやく先生の本を読み出した初心者です。よろしくお願いします。
上記文面拝読致しました。先生の憂鬱感と不安感は良く理解できます。
こんな心配をせずに公共交通機関を利用したいものですね。

A)>>おそらくこのような傾向が続けば、そう遠くない将来、地下鉄やバスを含め、多くの日常的な交通機関の利用に個人認証が必要となることは十分に考えられます。>>
B)>>僕は、公共性の基盤は、あくまでも他者への開放性(openness)の論理であるべきであって、クラブ財的な発想で他者を排除できる共有地(commons)の論理であってはならない、と考えています。>>

C)>>この国がどこまで市民社会の原理を貫けるか。そこでこそ、東アジア唯一の「先進国」という立場を長いあいだ独占してきた日本の真価が試されると思います。そんなことを考えました。>>

先生のご趣旨はテロを防止するためにA)が考えられるが、B)の観点から
それは望ましくない。従ってテロが発生してもC)のような開放の原理を
貫けとの主張と思います。

勿論、先生はテロ行為そのものにはご反対のお立場と思います。
そこでお聞きしたいのは、テロリストを防ぐ手段として何を考えて
おられるのでしょうか?

Posted by: Aransk : 2004年03月13日 16:07

眠いのに。明日http://harukazenojin.main.jp/に備えて寝なければいけないのに。

逆質問します。Aransk様は、B)C)故にhazumaはA)に反対していると仰いますが、
A)は個別の事例、C)はわたしや貴方の個々の幸福を支える前提(公共財)でB)はそれを支える原理、論理の階梯がまったく別です。
Aransk様は、hazumaがA)に積極的に反対していることを証明してください。
hazumaはA)に消極的にでは在れ賛成している、と解釈する方が未だしも合理的ではないでしょうか。

対案を実行出来る立場にいない者は、対案を示す必要は全く無いのですよ、いやいっそ示してはならない、とすら云い得るかも知れません。
そして対案を実行出来る立場にいない者に「対案を出せ」と迫ることは、卑劣で卑怯な振る舞いです。

更に質問。「テロ」「テロ行為」って何ですか?「テロリスト」って誰ですか?「防ぐ」とは、何をどのような状態に保つことですか?

Posted by: reds.akaki : 2004年03月14日 01:10

>reds.akakiさん

僕はAranskさんではありませんが、手短かに。

>対案を実行出来る立場にいない者は、対案を示す必要は全く無い
>のですよ、いやいっそ示してはならない、とすら云い得るかも知
>れません。
>そして対案を実行出来る立場にいない者に「対案を出せ」と迫る
>ことは、卑劣で卑怯な振る舞いです。

これはいくらなんでも悪質な開き直りに過ぎないと思います。酒
井隆史さんや北田暁大さんのアイデアなのでしょうが、酒井さん
にしても北川さんにしてもここまでは言ってませんよ。
「だったら代案を出せよ」というセリフに苛立つ気持ちはよくわ
かりますが、そもそも「本格的な批判」以外の批判が理由もなく
拒絶されるのではなく、たんに有効に作用しないだけか、あるい
は説得力がないために共感を得られないだけ、というのが実状な
のではないでしょうか。
自らが反対し否定しようとしている何らかの主張・政策にまで
「ただ乗り」して喜んでいるだけでは、やはりいかにも展望がな
い。アポリアですよ。

また、

>更に質問。「テロ」「テロ行為」って何ですか?「テロリスト」
>って誰ですか?「防ぐ」とは、何をどのような状態に保つことで
>すか?

との問いですが、過剰にコノテーションを読み込もうとする必要は
全くないと思います。東さんがそれらの言葉を用いる文脈と同じ文
脈に沿って理解すればよいのではないでしょうか。

Posted by: デマゴーグ : 2004年03月14日 16:09

> 「テロ」「テロ行為」って何ですか?「テロリスト」って誰ですか?「防ぐ」とは、何をどのような状態に保つことですか?

すぐに定義定義としたがる姿勢が誠実だとは思えない。テロが切実な意味合いで広く語られること自体、日本ではまだ最近のことで、テロの概念もやはり修正を余儀なくされているのに。定義自体が揺れ動くこと、あるいは定義が曖昧であることを織り込みつつ、粘り強く議論することの方が重要なのでは?

> 対案を実行出来る立場にいない者に「対案を出せ」と迫ることは、卑劣で卑怯な振る舞いです。

永遠に傍観者でいろということでしょうか?
それともミニマムな市民運動家にでもなれと?

Posted by: W : 2004年03月14日 17:22

皆さん こんにちは
これまで哲学とか思想とかに、ほとんど関心がありませんでした。
ほぼ一年位前にNetで発言したことを切っ掛けに興味を抱くようになった
初心者です。
従って東先生に対する質問も深い意味はありません。
スペインでの交通機関へのテロー>各国のテロ対策の強化
ー>交通機関テロ対策としての個人認証の可能性ー>それは公共の場から
マイノリティーを排除する危険性ー>監視世界の強化へ
と、どんどんエスカレートして行く不安感を感じるのは東先生お一人では
ないと思います。そこで東先生にテロ行為そのものに対するお考え
とそれに理不尽に巻き込まれる無辜の犠牲者達を防ぐ方法に関して
お聞きしたいと思った次第です。
安全と自由のダブルバインド的な状況にどのような思想的なスタンスで
立ち向かおうとしておられるのか?
素人が変な質問して申し訳ありません。m(__)m

Posted by: Aransk : 2004年03月14日 18:45

デリダが「テロルの時代と哲学の使命」
において語っていた危惧がいよいよ完全な
規範の形をとって現実化
しはじめたのを感じますね。

私は新聞は主要5誌(日経・朝日・読売・毎日・産経)全て取っておりますが、今回のテロ
事件、全5紙において『テロの為に規制強化
止む無し』の論調で、ゾッとするものを
感じました。

『解釈が介在した、情報化された印象が
「これは重大な事件だ」と私達に条件付きを
信じこませる。(中略)浸透し圧倒的する
覇権的な力で、世界の公共空間において
認定される言説。支配的システムが正当化
する規範」(デリダ「現実的自殺と象徴的自殺」)

デリダの予見性には息を呑みます。
支配的な規範こそがテロ以上に我々を
苦しめる時代になることは間違いなく、
そして誰もそれを止められないでしょう。

しかしそれでも、誰かがそのことを明確化
することは必要であり、東先生がその立場を
お取りになられたことに心から尊敬致します。

Posted by: kagami : 2004年03月15日 01:04

要は信用できない人間を排除するための
アーキテクチャに走って
別に脅威でもなんでもない人間までも
排除してしまわないような個人認証の
システムにしなきゃならないって言うだけのことでしょ。
個人認証を充実させるよりも
不審物探知のシステムを増強しろ、
みたいな。

Posted by: Kow : 2004年03月15日 16:43

>皆様 イライラしながら書いた所為だと思います、すみません。わたし自身は「つい対案を提示してしまう」タイプなのです。
Aranskさまはhttp://d.hatena.ne.jp/gyodaikt/を御覧になれば、示唆が得られると思います。

Posted by: reds.akaki : 2004年03月15日 16:44

こんなことを現代思想の入り口にも達していないヒヨッコが申し上げて
良いのかどうか?
でも東先生の「開かれた場」という暖かいお言葉に甘えて私見を
述べさせて頂きます。(*^_^*)
そもそも東先生のご意見は上記デリダの考え方を今回の事件に
敷衍したものであります。その逆ではありません。歯に衣を着せずに
申し上げれば思想界において、ある程度人口に膾炙された意見の
焼き直しに過ぎません。そこでそのご意見に付加価値を付ける意味で、
テロ事件に巻き込まれる無辜の犠牲者という他者を監視社会から
排除されるマイノリティーという他者に対置して、東先生をダブル
バインドに追い込む作戦に出た次第です。m(__)m

しかし、事件の単なるデリダ的敷衍よりは、まだ付加価値があるのでは
ないでしょうか?
どのような切り口でどのような手法でお応え頂くかは全て東先生の
At your option.です。こんな多忙な時期に一文にもならんBlogに
対応する暇があるか!と「降りる自由」もAt your option.です。(^_^;)
この初心者の稚拙極まりない、が、限りなく開かれた問いに
東先生はどのように対応なさるのか?
勿論、完全無視もAt your option.ですからねぇ!(*^^)v

Posted by: Aransk : 2004年03月15日 17:25

どうもです。
いろいろ忙しくて、ひさしぶりにblogを見てみたらコメントが9つもついていてビックリしました。

さて
>Aranskさん
自由と安心のダブルバインドをどう解決するのかは、きわめて重要な問題です。ただし、個人認証のシステムを使わなければテロリズムを阻止できない、というのは、別に実証されたわけでもなんでもない思いこみにすぎないので、それを自明の理として社会デザインを考えるのはどうか、とは思います。突発的な暴力犯罪はともかく、組織的なテロリズムを防ぐには政治的解決しかないはずで、そういう困難な努力をおざなりにして、テロ対策ばかり突出させても仕方ないのではないでしょうか。

ところで、最後の投稿を読むと、Aranskさんは、テロや自由の問題そのものに関心があるというよりも、僕=東浩紀をダブルバインドに追い込むことそのものが質問の目的だったようです。フレーミングは時間の無駄ですので、そういうディベートのためのディベート的な書き込みは、以後遠慮していただけると幸いです。

以後類似した質問は削除します。

Posted by: 東浩紀 : 2004年03月15日 18:42

東先生 こんにちは
ご多忙中にも関わらず、私の非礼とも取れる発言にコメント頂き
有難う御座いました。

>僕=東浩紀をダブルバインドに追い込むことそのものが質問の目的だった
>ようです。

このご推測について若干説明させて頂きます。

1.これまで著名な評論家の方と直接ネット上で対話することがなかったもの
  ですから、「東先生から是非お返事を頂きたい。」という熱い想いは否定
  しません。「その為に」表現や内容に策を弄したことは率直に認め、心証を
  害されたようであれば謝罪致します。
2.ダブルバインドについては、東先生個人ではなく、東先生の当初のご意見に
  ダブルバインド性が無いのではなかろうか?と疑問を抱き敢えて補助線を
  書き込んでみた次第です。つまりTout autre est tout autre.とデリダも
  言っているアポリアです。

この今回のご意見:

>組織的なテロリズムを防ぐには政治的解決しかないはずで、そういう困難な努力を
>おざなりにして、テロ対策ばかり突出させても仕方ないのではないでしょうか。

政治的な解決を目指すのは当然であります。が、しかしながらやむを得ず
前回のご意見:

>日本は、本当の意味では、まだテロに怯える社会になっていないと思います。
>カルトにしろ、北朝鮮にしろ、テロの脅威はまだ興味本位の「(笑)」と密接に結びついている。
>しかし、その状態がいつまでも続くとは思えない。東アジア全体があるていど豊かになり、
>いまはごまかされている民族的な多様性が火を吹いて、北京やソウルや東京でテロが起こるよう
>になったとき、この国がどこまで市民社会の原理を貫けるか。

日本においてテロが発生した時点においてテロ対策をとるべきかどうかが、論点であったはず
ではないでしょうか?

そこで初めて他者の痛みとして、排除される可能性のあるマイノリティーとテロに巻き込まれる
被害者がアポリアとして我々に現前すると考えるのです。でなければ思想的に問題を捉えたことに
ならないのではないでしょうか?

東先生、以上のような私の問題意識が、

>ディベートのためのディベート的な書き込みは、以後遠慮していただけると幸いです。

とご判断されるようであれば、

>以後類似した質問は削除します。

これに従って削除願います。

Posted by: Aransk : 2004年03月16日 14:42

道徳的総会屋のAransk様屁
あなたが問題意識だと思っている事は、既に北田暁大氏のはてなダイアリーで、完全に論破されています、
北田氏が書いた事を踏まえられないのなら、今後あなたは例えば「Aransk(道徳的総会屋)」と呼称されるべきです。

デマゴーグさまWさま
「傍観者」こそが、
自分も現実に関われる事を示したいと謂う虚栄心から、実行出来る立場に居もしないのに、対案を提示してしまうのでは無いでしょうか。
そして実行出来る立場にいない者による対案は、往々にして実行出来る立場にいる者にとって都合の良い所だけつまみ食いされ、
却って事態を悪くしたりします。
繰り返しますが、わたし自身こそが「つい対案を提示してしまう」「傍観者」なのであり、自身に対する戒めとして、云っているつもりです。

Posted by: reds.akaki : 2004年03月16日 20:05

>reds.akakiさん

フレーミングは時間の無駄ですので。

Posted by: デマゴーグ : 2004年03月16日 23:40

> reds.akakiさん

> あなたが問題意識だと思っている事は、既に北田暁大氏のはてなダイアリーで、完全に論破されています、北田氏が書いた事を踏まえられないのなら、今後あなたは例えば「Aransk(道徳的総会屋)」と呼称されるべきです。

なんちゅー暴論。私自身はAranskさんの意見にも書き方にも好感を持てないが、北田暁大を読んでいなければ発言も許されないんでしょうか。誰もがネット上の全てのblogに目を通し、議論の文脈の全容を踏まえられている訳じゃない。読まずに(あるいはblogの存在を知らずに)発言したら総会屋呼ばわりですか。言葉づかいは丁寧だけど、ずいぶんと相手を馬鹿にした態度ですね。Aranskさんの意見が不愉快なら、あなたが論破すれば良い。

>傍観者という言葉について
フレーミングだろうとフレーミングじゃなかろうと、逆説を弄した議論にはウンザリです。私の書いた傍観者という言葉は、あなたの考える傍観者という言葉の捉え方ではなく、文脈そのままに理解していただきたい。

Posted by: W : 2004年03月17日 06:05

要は不法滞在者やホームレスみたいな
関係のない人がとばっちりを喰らうことが
問題なんだと相変わらず僕は思った。
対案を出すのは云々と言われてるようだが
自由を侵害しない程度の安全というのは
やはり実現すると僕は思った。

空想してみた。
テロリストの主要なメンバーさえ
完全に分かっていれば、
そのひとたちだけ乗れないような
バスや地下鉄認証を作ることはできるはず。

テロリストの末端の人間がバスに乗れるかも
しれないとかそういうことはあるけど、
無関係な市民がつまみだされることはない。

指名手配犯はバスに乗れない
車に乗れない
空も飛べず買い物にも行けないというような
システムはだれにとばっちりを食わすだろう。
こういうのならいいんじゃないの、と思った。
システムの識別精度をあげて
本当に危険な人間だけを正確に排除すりゃいいじゃないかという当たり前の疑問なんだけどね。

Posted by: Kow : 2004年03月17日 10:32

>システムの識別精度をあげて
>本当に危険な人間だけを正確に排除

東先生の危惧は、
「本当に危険な人間」という
こういった線を引くのは誰か、
誰がどのように線を決定するのか
その「線引き」(テロリズムに述語を与える)が
倒錯的な排斥の暴力と繋がってゆく
ということではないでしょうか。
テロリズムの一番の危険性は、
『テロリズム』を自明の概念とすることで、
あらゆる陣営(国側もテロリスト側も)が、
ご都合主義的にその概念を我有化して
自陣営の武器として利用することに
ある訳でして。
テロリズムを私は憎みます。
しかし、いつまでも恐怖を未来へと
先送りしていては、いつまでもトラウマの
再生産による無限の未来恐怖との戦いは
終らない訳であり、犠牲者を悼み、別の場、
天へと送る、「喪」の作業と、
「未来への寛容」が必要
なのではないでしょうか。

そうしなければ、永遠に我々はテロリズムの
亡霊に憑かれて、自分の影と永遠に
戦い続けることになってしまいますし、
その戦いが生み出す非寛容は我々自身をも
傷つけ続けることになると思います。

Posted by: kagami : 2004年03月17日 11:44

わたしが
>Aranskさまはhttp://d.hatena.ne.jp/gyodaikt/を御覧になれば、示唆が得られると思います。
Posted by: reds.akaki : 2004年03月15日 16:44

と書いた後に、

Posted by: Aransk : 2004年03月15日 17:25
Posted by: Aransk : 2004年03月16日 14:42
。だから、北田暁大blogを踏まえないことを非難したのです。

Posted by: reds.akaki : 2004年03月17日 11:54

いずれにせよ、
公共交通機関などに個人認証的なセキュリティが
導入されるようになってくることは
止めようもない現実でしょう。
とすると対案は個人認証なんか下らんぞ止めろ!
といったりシステムをハックしたりすること
じゃなく、精度を高めて無関係な人間が
排除されないように気をくばることを忘れるな
ということにつきるんじゃないかなと。

Aという街のタクシーに爆弾をしかけた人間が
いるとする。その爆弾をしかけた人間は
誰なのかということは情報技術の進歩によって
線引き誤差が生じ得ないほど確実に分かる
日がくると想像できる。
そんなことがもし実現することになれば、
その犯人をバスにのれず
空もとべなず買い物もできないように
排除していくシステムは高い精度で稼動できる。
とばっちりを受ける人間もいない。
安全も自由も守られる。
という風に空想してみた。

政治的、偏見的な線引きの介在しないシステムが情報工学的に得られる事実だけに基づいて稼動するってこと。
安全をおびやかす諸々の事実に基づいて
危険人物を排除するシステムは理念としては実現しそうなんじゃないかと思うわけなんだけど、どうでしょう。

個人認証みたいに、疑わしい人間すべてを
排除するシステムではなく、
高精度でテロリストそのものを把握し
稼動するシステムが、なおかつ政治的、偏見的
なあいまいな線引き誤差も起こさずに稼動する
ということを想像してみたわけなんだけどね。

Posted by: Kow : 2004年03月17日 13:44

爆弾を爆発させた「あと」に、その人を追跡できても、安全は守られません。自爆テロ犯が自爆したあとに住所がわかっても「安全が守られた」ことにはなりませんよね。

となると、「爆弾を作りそうな人」や「爆弾を作れる人」「爆弾の材料を集めてる人」を完璧に特定するシステムが作られるわけです。

そして、それを特定するためには、日頃から「一人一人が何を買ってるか」「誰と会っているか」「何を知っているか」の全てを記録する必要が出てくる。

また爆弾犯という事実を追跡するだけなら、価値観や偏見は排除できるかもしれませんが、上みたいに個人情報から、「この人はテロリスト」というのを「推定」する際には、どうしても不確実さをともなうし、そこには政治的、社会的な偏見が反映されざるを得ません。

「個人認証みたいに、疑わしい人間すべてを排除するシステム」「政治的な偏見で人間を裁くシステム」は、KOWさんの考える世界にはほぼ必然的に存在しちゃうわけですよ。

Posted by: BBWY : 2004年03月17日 14:06

今ここで熱く語られてることってのは、刑法で何十年も前から議論されてる、「結果無価値」か「行為無価値」かって話につながってますよね。

だから、やっぱ「社会契約論」からこの刑法の議論ぐらいまでは踏まえた上で、「今のテクノロジーではどんなことが可能なのか」ってところをそっち方面の専門家を交えて議論しなきゃ、素人があーだこーだ言ってても何も進まないんじゃないですかね。

Posted by: OKAWA : 2004年03月17日 14:34

東浩紀です。ふたたびコメントがいっぱいついていて、驚くやら嬉しいやら。。

直前の投稿のみへのレスになり恐縮ですが、
>OKAWAさん

>今ここで熱く語られてることってのは、刑法で何十年も
>前から議論されてる、「結果無価値」か「行為無価値」かっ
>て話につながってますよね。

そのとおりなんですが、ここで厄介なのが、プロファイルによる未来予測というやつだと思うんです。Kowさんへのkagamiさんの反論もそれを踏まえてのことだと思うんですが、情報化が進み蓄積される個人情報が圧倒的に増え、統計的な推測の精度がどんどん上がってくると、あるひとが「何をするつもりか」ということと、そのひとが「何をやったか」の区別がどんどん曖昧になってくる。別の言い方をすれば、主観的要素が客観的に推測可能になってくる。さらに別の言い方をすれば、それが「リスク」の考えかたなんですね(波状言論をもし購読されていればリスク社会の話が出てきます)。実際、9・11のテロのあと、アメリカでは国防省がえらくSF的な国民データベース構想を打ち出して非難を買いました。

そして、こういう問題に通暁している「専門家」がいるかというと、意外といないというのが現状だと思います。僕の知るかぎり、情報通信論壇で活躍している法学者さんや弁護士さんは少ないですね。。。むろん、だからといって素人語りが正当化されるものでもないのですが。要は、新しく難しい問題なのです。

Posted by: 東浩紀 : 2004年03月17日 15:08

>爆弾を爆発させた「あと」に、その人を追跡できても、安全は守られません。

そりゃそうだけども、
爆弾を爆発させたり事件を起こしたときには
すぐに身動き取れなくなるシステムがある
ことは、ある程度社会の安全性を高める
だろうと思います。
抑止力と、逃亡の阻止と、身柄の確保とで
ついさっき人を殺してきた人が何食わぬ顔で
となりにいるというリスクをなくすことはできる。

自爆テロには効果がないとか
テロリストかどうかという問題とかいう
問題には答えられないにせよ、
爆弾を仕掛けた人間があいかわらず逃げ延びて
事件を起こすという不安はなくなる。
そうなれば抑止力によって自爆以外でテロ
を起こせなくなり、テロを起こせるほど
勇気のある人間も減るかもしれない。
テロリストも自爆ばかりしてりゃ同志が減って
損なだけでしょう。

罪を犯しそうな人間を全員おっぱらうんじゃなく
犯した人間を囲い込んで罰を与える
刑法とも似た意味での安全、という風に考えてるんだけどね。

Posted by: Kow : 2004年03月17日 15:34

波状言論の方でも触れられておりますが、高度な情報管理社会は有責者の原理を否定し
行為ではなく主体そのものを排除する方向に進むのですね…。
これは個々の自由よりも公共の福祉(共同体規範)を重視する共同体主義的立場ですね…。
例えば、テロリズムの問題で、テロリストが事件を犯す前に止められなかったことを
批判する議論が代表的ですが、そういった議論の帰結として東先生が仰られている通り
「実行為」と「予測」の差は極めて曖昧になってゆく。
そうすると最終的には高度な社会管理情報システムが統べるある程度の枠を持った
一律的規範を守ることを自己リスク的に個々が判断することが日常生活において
要求される社会が構成されてしまいます。
こういった「安全」な治療的社会(行為ではなく、危険とみなされる主体を排除する)
は一件ユートピアのように見えますが、実際はディストピアになってしまうと思います。
そしてその多様性を排する一律的規範が一体何に奉仕しているのかという真の問題性が、
『安全』の名の元に隠されてしまうのは、とても恐ろしいことだと思いますね…。

莫大な対コスト費用の掛かる個々人全てへのリスク管理のメインは
実際に起きる個々人の数から見れば数少ない「行為への対処」ではなく、
「事前に危険と推定する主体を排除して予防する」
ことにあるので、一端構築されたシステムが予防的に使用される可能性は
極めて大きいといわざるをえないのが、大きな問題ではないでしょうか…。
(情報履歴から人物の危険性を判定して公な場から排斥する等)
こういった排斥がシステムを使う側の利害と結びついたとき、極めて危険な状態が誕生するでしょう。
高度な情報管理は、一律的規範から外されてしまった人間を追い詰めることに
なり、社会の一律化と閉塞性が増大し、却って危険性を増大させるのではないかと思います。
高度な情報管理は社会の閉塞性が外部への攻撃意志となって現れ、
全体主義と戦争への欲望を誘発する可能性が高いのではないでしょうか?

自分の行動が全て記録され計測されラベリングされ判定されるような社会は、
極めて高ストレスを生活者に齎すと思うのです。
四六時中監視カメラで観察されるような統合された高度情報管理システムは
そこに生きる人々に一切のミスも逸脱も許されない高い心理負荷を掛けると思います。

果たして我々は社会全体の為にそこまで個々の行為有責な主体性を売り渡してしまっていいのか。
我々個々は社会と契約しているに過ぎないという立場に一度戻って考える必要があると感じます。

Posted by: kagami : 2004年03月17日 17:00

>我々個々は社会と契約しているに過ぎないという立場に一度戻って考える必要があると感じます。

で、考えた結果いきつく先の一つが
疑わしい人間すべてを排除するわけでもなく
無防備になるのでもない、
自爆テロや予備軍には無力だけど、
高精度ですでに起きた事件の実行犯だけを囲い込むシステム。
と僕は思ってるのでした。

Posted by: Kow : 2004年03月17日 17:21

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