2004年03月29日監視技術の道徳主義的利用カテゴリー[情報社会]こんにちは。東です。 季節はずれの風邪で悩まされていましたが、徐々に復活しつつあります。僕は父親が40代で花粉症を発症したので、この時期に風邪をひくといつも「俺もとうとう花粉症発症か?」とドキッとします。春先は花粉症のひとは本当に大変ですよね。。。 さて、去る土曜日、鼻水をすすりながら環八をくだっていると、瀬田公園の隣、東名東京インター付近でイヤな看板を見つけました。運転しながら見ただけなので正確に文面を覚えていませんが、「空き缶のポイ捨てはやめてください。いますぐやめないと近日中に監視カメラを設置します。」という文面のもので、設置者は何か公式の行政機関っぽい名前でした。もしだれか近所のかたがいましたら、画像をアップしてくれると嬉しいです。中央分離帯にいくつも設置されています。 では、この文面の何が問題なのでしょうか。それは、この脅迫的な文章が、いまの監視技術への期待の本質を図らずも露呈しているからです。 僕は「情報自由論」で、社会秩序を守るには二つの方法があると書きました。ひとつは道徳や法で、もうひとつは技術的な身体管理です。現代では、道徳や法の力(別の言い方をすれば、教育の力)がどんどん衰えているので、人々は技術に頼らざるをえなくなっています。近代社会は「規律訓練」で治安を守った。しかし、ポストモダン社会は規律訓練がうまく機能しないので、「環境管理」型の技術で治安を守るしかないのです。僕はその深刻さは理解しているし、プライバシー団体が何を言おうと、この流れが変わりそうもないこともよく分かっています。だからこそ、僕たちは、逆に情報=セキュリティ社会(顕名社会)の個人の自由(匿名性)について、原理的なところから考え直す必要があるわけです。 ところが、「情報自由論」の連載が終わって半年以上経ち、そのあいだの報道などを見ていると、日本の事態はどうもそれとは異なったレベルで動いているような気がします。僕の議論の出発点は、さきほども言ったように、「道徳か技術か」という二項対立にありました。道徳で社会秩序が保てるならそれでいい。しかし、ヒトとモノの流動性が飛躍的に高まり、グローバル化と情報化とポストモダン化のせいで道徳の力が限定されてしまった現代社会では、もはや道徳の力は頼れない。だからこそ、監視カメラやバイオメトリクスやRFIDに頼ろう、という話だと理解していたわけです。 しかし実際にはどうか。最近の日本でむしろ目立ってきているのは、「監視技術の道徳主義的利用」とでも言うべき最悪のパターンではないでしょうか。冒頭に挙げた環八の看板がいい例ですが、それ以外にもさまざまな話を聞きます。マンションの監視カメラは、多くの場所で、防犯対策だけではなく、ゴミ出しの監視に使われ始めている。小学校の監視カメラは、不審者の侵入防止のため校門に設置されるではなく、イジメ防止のため体育館裏など校内の死角にも設置されようとしていると聞きます。そもそも日本では、監視カメラの整備が地方の商店街で急速に進んでいます。犯罪率がそれほど高くない地域でも、盛り場を24時間監視するシステムが作られつつある。その背後にあるのは、国際テロに対する危機感でもなければ、凶悪犯罪に対する深刻な不安でもなく、もっと単純に、少年少女の「非行」を抑え込み、共同体からホームレスや外国人を追い出そうとする古くからある素朴で陰湿なムラ社会の精神のように思えてなりません。 僕はこの点は、たいへん懸念しています。よく言われるように、日本社会は、そもそもが閉鎖的な社会です。僕たちはそのことを十分に自覚しておいたほうがいい。そして、そういう拭いがたい閉鎖性とムラ根性にハイテクの監視技術が結びついたときに、何が起きるか。それは、おそらく、ヨーロッパやアメリカとはまた別種の悪夢的な社会になるはずです。 というわけで、「情報社会論」連載時には明確ではなかったのですが、いまでは、監視社会についての議論は二つに分けたほうがいいような気がしています。 道徳か技術か。この二項対立が成立する局面においては、僕は、技術で治安を守ることは不可避だと考えます。しかし、技術で道徳を再強化することには、まったく賛成できません。 テロが起きそうならば、あるいは殺人や強姦の危険性が無視できないほど高いのであれば、監視カメラは備え付けるべきです。僕は、そんなところで、プライバシーの侵害云々と騒ぐひとは愚かだと思います。しかし、「ゴミ出しのマナーを守らないやつがいる」「空き缶を捨てるやつがいる」「夜中に騒ぐやつがいる」といった日常的な不満不平を解消するため、公共の施設や道路につぎつぎとカメラを設置していったら、これはもう切りがありません。そもそもコストがかかりすぎです。マナーの問題は、どれだけそれが不毛だったとしても、話し合いで解決すべきで、安易に監視技術に頼るべきではありません。
Posted by: hazuma : 2004年03月29日 15:33
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コメント
Posted by: wai : 2004年03月29日 20:44
監視テクノロジーといっても
Posted by: Kow : 2004年03月30日 10:56
むしろ、個人が歩く監視カメラ化しているにもかかわらずリンチが起こっていることがヤバい。
Posted by: Kow : 2004年03月30日 11:41
監視技術と道徳の問題とは2項対立するものでしょうか?
Posted by: Jab : 2004年03月30日 20:49
いろいろコメントありがとうございます。 >Jabさん 監視、という言葉をどのように使うかはひとによりますが、国会の中継は「監視」にはあたらないのではないかと思います。
Posted by: 東浩紀 : 2004年03月30日 23:15
監視カメラという、ユビキタスにするには若干コストのかかるものだからこそ「道徳主義的利用」に到達するまで時間がかかったのではないでしょうか。 たとえば、Webの閲覧を制限する、いわゆるフィルタリングソフトは個人の閲覧行動をいかに効率的に監視していくかという観点で機能競争が行われ、学校教員が実に無邪気にその機能の生徒指導への利用を「情報倫理」の名のもとに行っていたりするという事例はいくらでもみることができるように思います。まぁ、これは家庭内とか組織内の話であり、リトルブラザーとしても限定的ではあるのですが、しかし、監視のデュープロセスや説明責任を問わない底抜け容認状況を前提として、フィルタリングソフトの普及は"e-Japan"的国策としてすすめられているので、問題は単に「社会」問題だけに帰することもできないと思います。 さらにその先に安心・安全インターネット推進協議会
Posted by: 崎山伸夫 : 2004年03月31日 02:12
「道徳」か「技術」かという話は結局コミュニケーションの問題に行き着くのでしょう。とはいえお互いの「了解」のもとにコミュニケーションできるかどうかがすでにあやしいという「認識」が共有されて久しい現在、それらを「着地」させる手段を見つけるのは困難だとする「認識」も共通になります。原理的には「自明」のこの「難関」から抜け出す「手段」はあるのでしょうか。「学問の力」に期待したいと思いますが、それは「宗教的」なものにならざるを得ないのでしょうか。「不安」は「異質なもの」を「異質」として排除する傾向を強め、それは喜ばしいことではないのですが、こうした動きに対抗する手段として、何が有効なのでしょうか。
Posted by: pxcre2 : 2004年03月31日 07:00
東先生 こんにちは
Posted by: Jab : 2004年03月31日 16:24
サミュエル・ジョンソンの これはたいへん由々しき事態だと
Posted by: kagami : 2004年03月31日 20:25
>Jabさん トイレの個室にそんな張り紙が。。。。 ところで、かりにトイレの個室などにも防犯カメラがついた場合、プライバシー云々の原理原則以前に、その撮影画像をどこがどうやって管理しているかが現実的な問題になるはずです。「防犯のため」とはいえ、トイレで用をたしている画像や着替えの画像を撮影するわけだから、管理には細心の注意を払わなければならないはず。しかし、それはそれで、けっこうコストがかかる話だと思うんですよ。個人情報漏洩には敏感な世の中ですし、そういう画像が流出したときの信用低下や補償問題のほうが、多少の万引防止で得られるメリットよりもよほど深刻ではないでしょうか。そういうコスト計算がないまま、とにかくカメラつければマナーもよくなるだろう、という風に走ってしまうのが、「道徳主義的利用」のマズいところだと思うわけです。そもそも「道徳的」な発想がヤバいのは、コスト度外視になりがちだからです。 完全に個人的な印象論として言わせてもらいますと、盗まれる可能性があるものが数億円のダイヤとか何とかいうのならトイレのカメラも仕方ないかもしれないけど、銭湯の脱衣場にカメラをつけて、多少万引やトラブルが減ったところで、撮影画像の管理コストを考えると、結局やめたほうがいいような気がしますね。データの裏打ちはありませんが。
Posted by: 東浩紀 : 2004年03月31日 22:01
追記。 これは、マナーと軽犯罪と凶悪犯罪を分けたほうがいいような気がしますね。 僕の立場としては、
Posted by: 東浩紀 : 2004年03月31日 22:11
確かにマナーの問題は話し合いで解決
Posted by: Kow : 2004年04月01日 16:18
東先生 こんにちは 1.道徳的退廃ー>軽犯罪の増加ー>防止用監視装置の設置 これらを前提として東先生は監視装置を「手段」として
Posted by: Jab : 2004年04月01日 21:29
>Jab まあトイレに監視カメラというのは
Posted by: Kow : 2004年04月01日 22:30
むむむ? 僕は、犯罪抑止のための張り紙をすべて拒否しているわけではありません。というわけで、Bは別に構いません。
Posted by: 東浩紀 : 2004年04月02日 00:51
監視カメラの設置目的は道徳強化であったり
Posted by: いいだ : 2004年04月02日 14:18
東先生 こんにちは はじめに申し上げておきますが、以下の私の反証的な文章は まずは一点目です。トイレの入り口に防犯カメラを設置し 二点目です。たプライバシーの権利と言論の自由は、ご承知の通り
Posted by: Jab : 2004年04月02日 15:12
>Kow様
Posted by: Jab : 2004年04月02日 20:57
ユビキタスについては、坂村さんに東先生が何かアドバイスをして頂きたいです。僕は頭が悪いので、具体的に何か言う事はできませんが、一応東先生や斎藤先生の本は難しい物を除いては読んでいます。友達に宮台くらいは読んどけと言っているのですが、
Posted by: hatati : 2004年04月02日 21:15
私は自由で危険な社会の方が 戦場的な危険な社会の方が人生が 「自由社会ってのはな、 みたいな感じで。その方が規則が
Posted by: kagami : 2004年04月02日 21:17
>Jab 東さんが言ってるのは 一つは単なる嫌われ者を排除するアーキテクチャになる恐れ。 この二つとつりあいが取れないような 一方そういうコストを代償にしてでも ------- ちなみに僕は新潟の「辺鄙な!」ところには
Posted by: Kow : 2004年04月03日 00:01
>kagamiさん
Posted by: hatati : 2004年04月03日 04:24
ネットにおけるスパイウェアのようなものが
Posted by: Kow : 2004年04月03日 13:24
東先生 こんにちは KagamiさんやKowさんは東先生の意図を忖度して様々なことを 仮説が実際には真でないことを証明する目的をもって 先生!前回の小生の問いにお応え下さい。
Posted by: Jab : 2004年04月03日 18:30
>Jabさん
Posted by: 東浩紀 : 2004年04月04日 02:22
>hatatiさん う~ん、体験主義(実際の体験を大きな価値と置く)は、 哲学者の池田晶子氏と永井均氏の対談で、池田氏は で、逆に永井氏は体験に池田氏の唱えるような『価値』は 私は永井氏の側ですね。 ひきこもりも同じで、倫理的なレベルは市井の人々と同レベル 我々は、犠牲者(弱い人々・虐げられた人々)にスティグマを 私は、それぞれの人間を個々として共に あと、いかにして倫理を造成するかは…難しいですねえ…。 本議論とあまり関係のない話で、誠に申し訳ありません(^^;
Posted by: kagami : 2004年04月04日 10:23
東先生 こんにちは >すみませんが、Jabさんの文章からは、まじめに議論を続けようという意図が こう書かれた東先生ご自身: >日本は、本当の意味では、まだテロに怯える社会になっていないと思います。 このような興味本位の「(笑)」ウィットに溢れた文章を書かれることも
Posted by: Jab : 2004年04月04日 18:41
>kagami さん
Posted by: hatati : 2004年04月04日 18:50
張り紙の内容がどうだのこうだの とりあげられていたのは そもそも張り紙の内容、「防犯カメラを設置している」 が、実は本当の問題は だから東氏はJab氏の発言を
Posted by: Kow : 2004年04月04日 21:31
ヘルシー女子大生=Aransk=job=KK=すいりく。 おまえほうぼうで自作自演うぜー。 浅羽シンパかなんだかしらねーけどさー、 学問も思想も要は個人経営の事業主みたいなもんなんだから、とりあえずは自力更生なんじゃねーのか、なんでもよー。 これ社会の常識ね。
Posted by: nya : 2004年04月05日 01:44
上記のコメント削除してください。
Posted by: nya : 2004年04月06日 02:21
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このblogについてこのブログは、批評家・東浩紀の近況を伝えたり、未完成のアイデアを公開したりするためのものです。運営者は東浩紀本人です。東浩紀の経歴や仕事については、当ブログの親サイトにあたる「hirokiazuma.com」を参照してください。 このブログは、別の形式で運営されていた近況欄を引き継ぎ、2003年12月にオープンしました。2000年8月から2003年7月までの近況欄は、通常のHTML形式で公開されました。その内容は、上記サイトの「以前の情報たち」のディレクトリに格納されています。 また、2003年8月より11月までの近況欄は、無料の日記サービス上で、「hirokiazuma.com@はてな」として展開されました。現在同ページは、「波状言論::はてな出張所」として、東浩紀が運営している自主流通本プロジェクト「波状言論」の告知ページとして運用中です。 波状言論では、現在、メールマガジン『波状言論』や評論本『美少女ゲームの臨界点』などを作成・販売しています。詳しくは、上記のはてなサイトをご覧ください。 このサイトはリンクフリーです。 最新の投稿
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はじめましてこんにちは。私は先日池袋のサンシャイン通りで監視カメラ設置のセレモニー(?)が行われていたのを目撃いたしました。ハンズの前には今も横断幕のようなものがそのことを存分に祝っております。醜悪だなと感じました。私個人は。