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謹賀新年:今年の抱負
投稿日時:2006年01月01日06:10
あけましておめでとうございます。東浩紀です。
先日は年の瀬の押し迫るなか、コミックマーケットのブースにご来場いただき、ありがとうございました。
今回は新刊もないのでお客さんも少ないだろうと思っていたら、意外と多く、無料配布のコピー誌も午後早々に品切れになってしまいました。1時過ぎより友だちや関係者のみなさんが挨拶に来てくれたのですが、ほとんどの方にはコピー誌をお渡しできませんでした。せっかくオタクグローバリズム批判を書いたのに、更科さんにも渡せませんでした。その直前にいらっしゃた桜坂さんには、表紙に「これは見本です。コピー誌は品切れました」と書いた最後の1冊を手渡す羽目になりました。いやほんと、すみません。
■
さて、新年らしく抱負を語るとします。2005年は僕にとって(娘が生まれたという意味を超えて)区切りの年でした。
いま僕の仕事には3つの重心があります。ひとつは商業出版を舞台にした著作活動。ふたつめはGLOCOMで行っている情報社会研究。みっつめは波状言論の名前でやっているオルタナティブなオタク系評論です。
この3つは密接に繋がっているのですが、やはり重点の差異はあります。そして、2003年から2005年にかけての3年間、僕は商業出版での著作から身を引いて、後者2点の活動ばかりに力を入れてきました。ほぼ唯一の例外が『ファウスト』での連載ですが、それも波状言論の活動とかなり被さっていました。
2003年に僕は『網状言論F改』を出版し、GLOCOMに入り、「情報自由論」の連載を終えました。その夏にはてなの盛り上がりがあり、同時に『ファウスト』が創刊されました。そして年の終わりに『波状言論』を創刊しました。2004年の僕の仕事はオタク系に偏っており、2005年は情報社会論系に偏っているように見えるかもしれませんが、内容的には、2003年12月に始まった『波状言論』は2004年10月からの「ised」とシームレスに繋がっています。そして、片方に情報社会論/GLOCOM、もう片方にコミケやライトノベルを睨みつつ過ごしてきたその3年間の最後の総まとめのイベントが、去る12月25日に紀伊國屋ホールで行われたシンポジウムだったというわけです(正確にはisedはあと1回だけ残っているのですが)。
2003年から2005年までの3年間は、僕にとって「場作り」の期間でした。僕は1990年代半ばから、現代思想とネットとオタクの話題を統合するような新しい言説空間こそが必要だと考えていました。『批評空間』で連載を書きながら、サイバースペース論やエヴァ論を書いていたのはそのためです。そして僕は『動物化するポストモダン』以降、その目標を実現するためには商業出版に頼ることはできないと判断して、手持ちのリソースを活かし、批評家というよりもむしろ活動家として動き始めました。『波状』でも「ised」でも司会やインタビューアーばかり行ってきましたし、いくつかの雑誌の企画にも協力しました。この3年間、僕は、自分自身の仕事を発表するというよりも、こちらとあちらを繋げ、紹介し、新しい言説のネットワークを作り出す媒介者の役割ばかり担ってきたように思います。これほど社交的になったのは生まれてはじめてです。
そしてそれは一定の成果を生み出しました。ネットでの論争や文学フリマの盛況を見るかぎり、「現代思想とネットとオタクの話題を統合するような新しい言説空間」はすでにかなりの強度をもって立ち上がっており、あとは出版への進出を待つだけになっているように思えます(そのような環境の変化のなかで、僕自身、商業出版から身を引く必要を感じなくなってきました)。12月25日のシンポジウムのタイトルは「ゼロ年代の批評の地平」でしたが、僕たちはいまおそらく、1980年代のニューアカブーム以降、ほぼ20年ぶりの大きな批評的パラダイム転換に居合わせている。そしてその流れは、もう止まることはないでしょう。あと数年すれば、批評の世界は大きく塗り替えられる。僕はその転換において積極的な役割を果たせたことを、嬉しく思っています。それは、硬直した現代思想や批評的想像力を復活させるために必要なことでした。
しかし、そのような活動の結果として、僕はかなり疲れることになりました。その「新しい言論空間」のなかで見えてきた醜い人間関係にも疲れているし、それ以前に活動家や媒介者の役割にもうんざりしている。ひとことで言うと、僕はもう、年下世代の背伸びに付き合いたくないし、同世代の仕事を司会やインタビューアーとして受け流したくもないのです。時代の先端などどうでもいいし、他人がなにを考えているかもどうでもいい。僕はいま、ただ単純に、自分の言葉で、自分の思想をストレートに語りたいと感じています。12月25日には、そのような疲れと焦りがはっきり出ていたと思います。
それは『波状』や「ised」の成果を否定することを意味しません。むしろまったく逆です。12月17日に三省堂本店で行われたインタビュー形式のトークショーで、福嶋亮大氏が「東さんの思想はこの2年で大きく変わっている」と指摘してくれました(ちなみにこの対話は僕がいままで受けたインタビューのなかではずば抜けて質が高かったので、どこかで活字にするか、どこも出版してくれないのであれば夏コミまでに自費出版するつもりです)。この指摘は正しい。『波状』と「ised」での経験は、僕の思考や話し方の土台を大きく変えてしまった。だからこそ、それを世に問いたいのです。
僕はむかしから、自分はコミュニカティブになるべきだと思ってました。僕はもともと引きこもりがちで、人間嫌いだったからです。しかし、2003年から2005年までの3年間で、その強迫観念からは解き放たれたように思います。僕はこれ以上コミュニカティブになっても仕方ない。いや、むしろ最近の僕の問題は、目的もなく過度にコミュニカティブであることです。コミュニケーションが僕を蝕んでいます。
というわけで、僕は2006年は、2005年までとは異なり、どちらかというと引きこもります。そして他人の欲望の媒介者になることを止め、自分の考えを孤独に深める方向に邁進していきたいと思います。その結果、読者の一部(最先端のラノベ評論を期待しているひとや、宮台真司や大塚英志との新論壇プロレスを望んでいるひと)は離れるかもしれませんが、もうそんなのは知ったこっちゃない。そういう読者は、僕より若いひとの文章を読めばいいと思います。どうせそちらのほうが新鮮です。
僕も今年は35歳。そろそろ本気にならないとまずい。12月25日は「それで東さんはなにをやりたいの?」と斎藤環氏と切込隊長氏から繰り返し聞かれましたが、とりあえず僕がやりたいのは、ポストモダン/二層構造的現代社会の行く末を指し示す強力な理論を作ることです。そのための時間はあまり残されていません。
■
……というのが今年の抱負なのですが、あまりに抽象的かもしれません。具体的には、とりあえずつぎのようなプロジェクトが動いており、前半はこれらが軸になる予定です。
・「動物化するポストモダン2」(講談社現代新書)出版
・濱野智史氏と共著で「情報社会思想入門」出版
・北田暁大氏ほかと共著で「東京論」出版
このほかに、批評ではない秘密の企画もあるのですが、それはまた別の機会にお知らせします。
comments
コメント
あけましておめでとうございます。
東先生のご活躍をお祈りします。
投稿時刻: 2006年01月01日 10:10
あけましておめでとうございます。北田先生との共著「東京論」楽しみにしています。数ある「東京」に関する言説の中でも、抜きに出て面白い批評を期待しております。
投稿時刻: 2006年01月05日 23:53