kajougenron : hiroki azuma blog

about

渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログです。東浩紀の経歴や業績については、hiroki azuma portalをご覧ください。

navigation

カテゴリー

critique [149 items]
glocom [17 items]
hajou [22 items]
misc [85 items]
moblog [30 items]
recent works [27 items]
zatsudan [1 items]

entry navigation

blog entry

満員御礼&新現実発売

先日の『思想地図』創刊シンポジウムには、平日夜、しかも雑誌校了時期の開催という悪条件にもかかわらず、多くの聴衆に来ていただき、ありがとうございました。

300名超で成功というのがこちらの予想でしたが、蓋を開けてみれば600名以上が来場し、立ち見まで出る大盛況ぶり。単位修得用に入場した東工大生が数十人いたとはいえ、おそらくここ10数年の現代思想関係のシンポジウムでは、もっとも来場者を集めたものではないでしょうか。いったんここまで盛り上がってしまうと、もはや創刊後に「プレ創刊イベントがいちばんアツかった」とか言われるのは不可避な気もしてくるのですが(笑)、編集委員としては、せめてその不満が最小になるよう、精進していきたいと思います。

よろしくお願いします。

さて、それはそれとして、ぼくと大塚英志さんの対談、「『公共性の工学化』は可能か」が掲載された『新現実vol.5』が発売されています。

この対談、実は早稲田文学のフリーペーパーに掲載された広告では、「言葉は希望か、それとも無力か」と仮タイトルがつけられていました。むろん、大塚さんが希望派でぼくが無力派というわけです。

なぜそんな対立になったのか、それは対談を読んでいただければわかりますが、別途『新潮』の鼎談でも(話題は違いますが)ぼくは田中和生氏に「無責任」な「ニヒリスト」と非難されており、最近はなぜかそんなふうに言われることが多いようです。それはおそらく、ぼくが、大塚さんや田中さんの議論に異ばかり唱えて、なにも積極的な主張をしないように見えるからでしょう。

こういう批判に対しては、それぞれの仕事に対して歴史が判断を下すのでどうでもいい、と答えるしかありません。だからそれはそれでいいのですが、ただひとつ思うことがあります。

フランスの社会思想家、ソレルは、『暴力論』の序論で、本当に危険なのはペシミストではなく、「世間に嫌気がさしたオプティミスト」なのだと述べています。

ぼくは、これは、いまの日本でも、というかいまの日本でこそ、けっこう当てはまる言葉なのではないかと思うのです。「やっぱり日本はすごい国なんだよ」とか「やっぱり言葉の力はひとを変えるよ」とか「やっぱり話し合いって大事なんだよ」とか言うひとに対して、ぼくはいつも「?」と感じてしまいます。その理由は、そんなオプティミズムこそが、現実の危機に直面したときに、とてもナイーブで、危険な感情に変わると思ってしまうからです。

ぼくはおそらく、その意味では「ペシミスト」です(ソレルのペシミズムの定義はいろいろと厄介で、今度はぼくが引き受けられないほど暗く神秘主義的なので、ここでは横に措くとして)。したがって、前回のエントリと合わせると、ぼくはどうやら、「ノンポリ」の「ペシミスト」の「オタク」ということになる(笑)。

こう書くと人間の屑みたいな感じです。しかし、ぼくとしては、現代社会についての真剣な思考は、そんな屑の立場からでないと展開できないと思うのです。ぼくが政治の工学化とかウェブ化(いや、それだけではないのですが、まあそんな感じではある)を提案するのは、オプティミズムというよりもむしろペシミズムに基づています。

この世界は、人間が討議的理性で制御するにはあまりに複雑で、だからこそ市場とか検索とか発達してきたのだから、今後も基本的にはそちらを活かすしかない。人間は、自分たちが生み出した世界を十分に意識的に制御できるほど、頭がいい生物じゃないと思うのです。


comments

コメント

trackbacks

トラックバック

misc