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渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログです。東浩紀の経歴や業績については、hiroki azuma portalをご覧ください。

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波状言論の時代(1)

『論座』の今月号が届きました。

特集は「ゼロ年代の言論」。僕自身が鼎談で出ているほか、中森明夫さん、宇野常寛さん、荻上チキさん、酒井信さん、それになんと山口昭男・岩波書店社長の談話のなかでも、僕や『思想地図』の名前が出てきます。ありがたいことです。

『思想地図』創刊号はあと数日で校了を迎えますが、少なくとも創刊号については、おそらくその期待をそんなに裏切らないクオリティにはなっていると思います。ご期待ください。

ところで、それらの記事のなかで、『思想地図』の原点にある僕の仕事として、いくどか『波状言論』という名前が出てきます。

『波状言論』は、僕が編集して発行したメールマガジンの名前です。わずか4年前の仕事なのですが、いまでは全貌がわかりにくくなっています。そこで、この機会にあらためて、若い読者に向けて『波状言論』創刊の意図や発行の経緯を書いてみようと思いました、

名づけて「波状言論の時代」。続きもののエントリです。

まずは『波状言論』の基礎情報から。

上記のように、『波状言論』は、僕が編集者となって発行したメールマガジンです。有料の会員制で、発行期間は2003年12月から2005年1月にかけての1年間。毎月2回発行で、一回あたりの文字量は新書1冊相当。全23号。発行部数は(いまデータが手元にないので曖昧な記憶で書きますが)、確か1000部かそこらだったと思います。当時の謳い文句としては、「現代思想、サブカル、オタク、情報社会論の境界を疾走するまったく新しい批評誌を目指す」ということで、いまでいう「ゼロ年代の言論」の基礎を固めよう、というのが当時の意図でした。

発行当時の紹介ページはいまでも見ることができます(ダウンロード販売サイトへのリンクは現在は死んでいます、放置してすみません)。

http://www.hajou.org/hajou/

『波状言論』全号はのちCD-ROMにまとめられており、内容のサンプルは下記で見ることができます。

http://www.hajou.org/hajoucd/sample/

とくに下記のページに飛ぶと、『波状言論』の全貌がコンパクトに掴めます。

http://www.hajou.org/hajoucd/sample/data/about.html

ちなみに販売ページはこちら。CD-ROMはいまでも売っています。

http://www.hajou.org/sales/

このページも長いあいだ放置されていますが、通信販売は活きています。

ぼくはこの『波状言論』で、けっこう先駆的なことをやっていました。

たとえば、1月号の目玉は西尾維新さんへのインタビューですが、当時はまだ西尾さんは『ファウスト』まわりで注目されているにすぎず(そしてその『ファウスト』もまだ創刊直後で)、本格的なインタビューはこれがはじめてだったと思います。3月号でははてなの近藤淳也さんが登場しますが、当時はまだはてなはアメリカ進出どころか東京にも来ていませんでした。鈴木謙介さんもまだマイナーで、ここでの連載「カーニヴァル・モダニティ・ライフ」がのち『カーニヴァル化する社会』として出版されます。『テヅカ・イズ・デッド』前の伊藤剛さんやBL/腐女子ブーム前の金田淳子さんも登場しています。福嶋亮大さんがデビューしたのも本誌です。ほかもいろいろやっています。

しかし同時に、いま振り返ると、そこでの試みがまだまだ孤立し、離散的だったこともわかります。

たとえば、ぼくは新海誠さんと西島大介さんの「セカイ系」鼎談を企画し、また別に神林長平氏へのインタビューも行っています。この繋がりは当時の読者には理解されなかったのですが、いまならばあいだに円城塔さんを挿むことができる。そうすると見通しがかなりよくなるはずです。あるいは、白田秀彰さんと真紀奈17歳さんをゲストにした「著作権」座談会。これも当時は唐突な印象を与えた企画ですが、いまならば白田さんの名前が北田さんや近藤さんの名前と並ぶことにあまり違和感がない、というかむしろ当然のように感じられるでしょう。

この4年間で、評論をめぐる状況は大きく変わりました。「現代思想、サブカル、オタク、情報社会論」の境界はみごとに相互浸透し、新しい読者層が一定規模で立ち上がりました。だからこそ『思想地図』や「ゼロアカ道場」が可能になったのです。

ただ、それは、その読者層を立ち上げた当人からすると、少し複雑な気分になる光景でもあります。

「ゼロ年代の言論」といまさらのように言われていますが、実際には今年はすでに2008年、ゼロ年代は終わりかけています。もし「ゼロ年代の言論」なるものがあるとすれば、ぼく自身がその出現をもっとも強く感じ、興奮し、巻き込まれていたのは、じつはいまから4年前、2004年のことでした。波状言論の1年は、それはたまたま子どもが生まれる前の最後の年でもあったのですが、ぼくの人生のなかでもっとも刺激的で、狂騒的で、慌ただしい1年だった。そして、当時ぼくが「新しい批評」の可能性として夢想していたいくつかの可能性は育ち、残りの可能性は消えて(またあるいは、ぜんぜんべつのところから水脈が現れて——たとえば、鈴木さんの連載で多少触れられていたとはいえ、『波状言論』は格差社会論やフリーター論壇の隆盛はほとんど予測していませんでした)、いまの「ゼロ年代の言論」や「ゼロアカブーム」が立ち上がります。

ぼくはおそらく、いま「プロ」の批評家と見なされているひとびとのなかで、その光景をもっとも身近に見てきた書き手です。だから、ゼロ年代の言論がついにメジャーになったらしいいま、そのプロセスを振り返っておくのは悪くないかな、と思いました。

(不定期に続く)


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