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渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログです。東浩紀の経歴や業績については、hiroki azuma portalをご覧ください。

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文学フリマ追記

東浩紀です。もろもろ仕事が溜まってクビが回らない状況になっています。

文学フリマについて「講評まだー」との声を多数頂いていますが、正直、けっこう時間が経ってからの発表になると思います。なんといっても、分量が多いし、ぼくも疲れている。ゼロアカの準備で、ぼくもいままでかなりリソースをつぎこんできました。ゼロアカだけで生活しているわけではないので、少しは他の仕事もさせてください。

ご理解をよろしくお願いいたします。

……なのですが、下記のエントリには答える必要があるでしょう。参加者のひとりから、ふたたび批判を頂きました。

http://d.hatena.ne.jp/boilednepenthes/20081112/p2


文尾さんが言いたいことは心情的にはわかります。ただ、あのときの状況を正確に思い出してほしい。そもそもぼくと太田さんは、当日急遽「時間点」を導入していた。では、それによって圧倒的に有利になったのはだれなのか。じつはそれが、文尾さん・斎藤さんのコンビだったのです。もし突然の時間点導入がなければ、文尾さんたちは5位確定で、完売しても形而上学女郎館、フランス乞食には審査点で適わなかったはずです(正確には、腐女子が完売しても、形而上学女郎館なら456冊、フランス乞食なら461冊売れればダメでした)。

ぼくがあのとき、形而上学女郎館とフランス乞食の2冊を買ったのは、ひとことで言えば、時間点導入が引き起こしたそのアンバランスに対して、逆のバランスをとるためでした。もう少し細かく記せば、ぼくの発想の順番はこんな感じです。

ぼくたちはまず時間点を導入した。あまりに観客の数が多いので、そうしないと企画の主旨(観客の支持を考慮する)に反したからです。新ルールのおかげで、文尾さんたちにも当選の可能性が出てきた。そして実際に腐女子チームは完売となった。形而上学女郎館とフランス乞食がそれを追随し、場も盛り上がってきた。ここまではよかった。しかし同時に、時間は残り一時間を切り、ブース周辺も様子見のひとが多くなってきた。これはまずくなってきた。なぜなら、旧ルールの前提にあったのがどのチームも完売しないことだったとしたら、今度は時間点導入の前提にあったのは、午前中のような売り上げの速度が維持され、どんどん完売が出ることだったからです。ところがその点ではまた状況が変わってきた。ではどうするか。このままでは、新ルールがあまりに形而上学女郎館に不利に働いてしまう。彼女たちも完売するからこその、時間点勝負だったはずだ。そこでぼくは、場を再活性化し、全体の売り上げを加速し、ふたたび通過者を運命の手に委ねるために、形而上学女郎館をパフォーマンスとして一冊買うことにした。同時に、形而上学女郎館とフランス乞食はもともと5点差なので、彼らは同等に扱うべきだと考え、フランス乞食も買った。

決戦の現場でのこのようなルール変更、道場主本人による場への介入が、挑戦者のあいだに不信感を呼ぶことは理解しています。しかし、ではあのとき(じつは結果として、時間点を加算しない場合と大して変わらない順位にはなっているのですが)、時間点を加算せず、「はい、腐女子売れましたか、でも東・太田点が低いからダメですね」でよかったのかといえば、やはりそうは思えない。むろん、主催者側としてはそのまま放置がもっともリスクが低い選択(ルールはルールだから!の一点張り)なのですが、ぼくたちはリスクが高くてもみんながもりあがれる、おもしろい企画を望んでいる。だからぼくは新ルールを作った。しかし、今度はそれによって特定のチームが不利になった。ではそれはそれでいいのかといえば、やはりそうも思えない(たぶんそうしたら、筑井さんと雑賀さんが文尾さん以上に不満をもったでしょう)。だから個別に調整した。しかし、そういう調整は、事前の同意なしに勘で行われるしかないので、誤解も生みやすい。そういうことだったのです。

これで納得してくれると嬉しいのですが。

まあ、該当エントリを見るかぎり、文尾さんもそれほど真剣には文句を言っているわけではないのかもしれません。

もしそうだとしたら、このエントリはネタにマジレスということで、スルーしてくださいw。

ただひとつ、それでもこれだけは指摘させてほしいのですが、あのぼくの行為に文尾さんたちを落としたいという意図を見るのは、やっぱり不合理です。なぜなら、もしぼくにそんな意図があるのなら、ぼくはそもそも、あんなパフォーマンスをする必要などなく、単純に時間点を導入しなければよかっただけのことだからです。

時間点を導入する時点で、それが形而上学女郎館に不利に、腐女子チームに有利に働くことは明らかでした。それはすぐわかることです。でもぼくはそれを導入した。その意味を考えてほしい。そうでないと、ぼくもちょっと悲しいです。

いずれにせよ、ゼロアカ道場で道場主として「公正である」ことは、あるいは少なくとも「公正であるように見せる」ことは、回が進み、みなさんと人間的にも交流が深まるにつれて、ますます難しくなっています。みんなに平等に接する、といったって、ぼく自身が審査員なのだから平等に接していてどうする、という感じがするし、おまけに全体の場も盛り上げなければならない。季節柄大学受験に喩えれば、いわばぼくはこの場で、予備校の教師と試験監督と採点者の3役を同時に任されているのであり、これは原理的にひとりでこなすには不可能な役回りのような気がします。にもかかわらず、ゼロアカ道場は、この文フリをきっかけにまたいちだんと注目を集めている。となると、今後、ゼロアカ道場に対しては、やっかみを含めさまざまな批判や非難が来るでしょう。

ぼく個人は、そういう反応には慣れています。けれども、できれば、門下生のみなさんには、それでもぼくがそんなに変なことをしていないことだけは信じてほしい。それはぼくの願いです。


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