kajougenron : hiroki azuma blog
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ここは、批評家・東浩紀が運営するブログです。東浩紀の経歴や業績については、hiroki azuma portalをご覧ください。
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思想地図・扉文3
投稿日時:2008年12月13日17:32
思えば最近、このブログのエントリはトラブル処理ばっかだぞ、と思う東浩紀です。
とはいえ、本当はそんなトラブルにも悩んでいません。なぜなら、それはどうせネットを舞台に若い読者が騒いでいるものばかりなので、解決が簡単だからです。まずぼくがネットをあまり見なくなればいい(これは部分的に実行しています)。つぎにこのブログを閉じてしまえばいい。そして最後に、講演とか授業でも、ネットにルポ載っけないでね、よろしく、と言い続ければいい。要は、ネットであまり話題にならないひとになればいいのです。
しかし、そんなんで批評家東浩紀のアイデンティティは保てるのでしょうか? そんなことも悩む今日このごろです。
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といったところで、思想地図の扉文第3弾をアップします。特集「ジェネレーション」、第2章の扉文になります。
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「労働と創造の新しい関係」リード文
この章の意図はタイトルが十分に示しているのではないかと思う。正直に告白すると、企画段階ではこの章には「ロスジェネを越えて」という仮題が記されていた。いま「ジェネレーション」を特集するのであれば、やはりロスジェネ(ロスト・ジェネレーション)論壇への目配せは欠かせない。とはいえ、そこで『思想地図』が行うべきなのは、マスコミが増幅するロスジェネのイメージ、ネオリベと非正規雇用とネットカフェ難民の物語に無邪気に乗ることでもなければ、またそれに抵抗して良識を気取ることでもないだろう。むしろここでは、現代の労働の具体的な困難を語るよりも、多少議論が抽象的になったとしても、その背後にかすかに見え始めている「労働」そのもののドラスティックな変容を捉えたい。そのような意図のもと、異なった背景をもつ四人の論客に原稿を依頼した。
鈴木健は一九七五年生の物理学者・経営者・プログラマ。理論経済学の論文を書きソフトウェアを作り企業を経営する鈴木の多面的活動は要約しがたいが、そこに一貫しているのは、情報と計算のパラダイムが可能にする新しい社会秩序への強い関心である。収録論文は、そんな社会が生み出す「労働のゲーム化」の潜勢力を鮮やかに描き出している。橋本努は一九六七年生の経済学者。二〇〇七年に上梓された『帝国の条件』で斯界の注目を浴びた。収録論文は、「創造主義」を鍵概念として、一般に保守的・ネオリベ的・経営学的文脈で理解されるクリエイティビティ論に別の政治的可能性を見いだそうとする。以上二つの論文は後掲の第二特集とも問題意識をかなり共有しているので、併せて読むとよいだろう。
田村哲樹は一九七〇年生の政治学者。収録論文は、この春に上梓した『熟議の理由』を補完するもの。労働からの解放が熟議民主主義の必要条件だというその問題提起は、橋本の創造主義とも響き合うところがある。なお『熟議の理由』は、じつは本誌編集委員の北田暁大の主著『責任と正義』への応答という側面を備えており、その点も考慮すると論文はますます興味深い。最後の大澤信亮は一九七六年生の文芸評論家。収録論文は上記三点とは異なり文学的だが、批評家ならではの手法で柳田國男と労働組合の可能性の中心に迫る力作。大澤は『ロスジェネ』『フリーターズフリー』の編集委員であり、論文はまずはその経験との関係で読まれるべきだが、同時に彼が『新潮』二〇〇八年一一月号に寄せた「柄谷行人論」とも主題が連続している。
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