kajougenron : hiroki azuma blog
about
ここは、批評家・東浩紀が運営するブログサイトです。東浩紀の経歴や業績については、当ブログの親サイトに情報があります。hiroki azuma portalをご覧ください。
navigation
カテゴリー
critique [73 items]glocom [15 items]
hajou [20 items]
misc [39 items]
moblog [30 items]
recent works [15 items]
archive navigation
blog entries at 【2006年04月】
SFセミナーに行きます
カテゴリー[misc]投稿日時: 2006年04月30日01:58
5月3日から4日にかけて行われるSFセミナーに参加します。
ちょっとした連絡の行き違いで正式プログラムに入らなかったのですが、特別企画として、深夜の0:30より(!)、どこかの企画部屋で「SFとラノベの未来社会」をテーマに語ることになっています。物好きなかたは、ご来場ください(笑)。
村上隆と知的財産権
カテゴリー[critique]投稿日時: 2006年04月25日00:24
村上隆氏が、子供服メーカーを著作権侵害で訴え、和解金を勝ち取りました。ここでニュースになっています。村上氏の主張はここに記されています。
僕はこの件について、報道以上の情報をもっていません。そのうえでの印象論ですが、この事態は僕をたいへん戸惑わせます。
村上氏の美術活動の中心は、現代社会を満たしている商業主義的アイコンを借用し、パロディ化し、価値転倒を行うことにあります(と書くと左翼っぽいですが、現代美術はもともとそんなものです)。その戦略はアンディ・ウォーホルのオタク版アップデートとでも言ったもので、いままではおおむね有効に機能してきました。だからこそ僕は、ここ数年、「村上隆はオタクを搾取しているのに、どうして東さんは彼を支持しているのか」と非難されても、あまり耳を貸す気になりませんでした。村上氏の行動が表面的にどれほど商業主義的に見えたとしても、その全体はいまでも悪意あるパロディになっている、だからこそ彼の「搾取」は許容されるべきだ、そういう風に理解してきたからです。
ところがその彼が、知的財産権を盾にしてメーカーを訴え、和解金を勝ち取ったというわけです。僕はこの事態をどう理解してよいのか、よく分かりません。
村上氏は、上述のサイトで、「私が生きている現代アートの世界はオリジナルであることが絶対的な生命線です。一つひとつコンセプトを考え抜き、心血を注いで造形した,私の子供の様に愛し育てて来た作品達。まして「DOB君」の世界観は誕生させて10数年, ゆっくりと育てて来たものです」とコメントを発表しています。確かに、DOB君は村上氏の代表作です。そしてナルミヤの「マウスくん」はDOB君に似すぎているかもしれません。相手が美術家だからといって、無神経にデザインを借りていいわけがない。その意味では、村上氏が対価を求めるのは正当でしょう。いわゆる「知財強化」の流れにも合っています。
しかし他方で、彼のDOB君もまた、ドラえもんやミッキーマウスのハイブリッドなパロディであり、アンディ・ウォーホルの有名な「キャンベルスープ缶」の延長線上にある美術作品ではなかったでしょうか。そして、DOB君に限ったことではなく、そのような価値転倒があったからこそ、村上氏の(少なくとも一時期の)作品のデザインそのものが既存のアニメやフィギュアにどれほど似ていたとしても、それには独自の、つまり「作品」としての値段がついていたのではないでしょうか。たとえば、村上氏の代表作にはタイムボカンの爆発雲そっくりの平面作品がありますが、それはそういうものとして高い評価を受けている。そちらの話はどうなったのでしょうか。ウォーホルを尊敬し、自分のスタジオを「ファクトリー」と名づけ、弟子の代表作が某アニメキャラそのものだった村上氏から、「現代アートの世界はオリジナルであることが絶対的な生命線です」という言葉が出るのは、にわかには信じられません。
むろん、美術家もお金は稼がねばならない。その点で商業主義的でもかまわない。村上氏が六本木ヒルズのコンサルティングやCM出演でいくら稼ごうか、それはまったく気にならないし、むしろ後続の美術家を勇気づけるものとして歓迎です。
しかし、ここで問題なのは論理の一貫性なのです。彼の美術家としてのオリジナリティは、本来は、DOB君のデザインではなく、むしろ商業主義や美術の文脈の転倒というトータルな戦略にあった。デザイナーではなく美術家であるとは、そういうことです。というより、それが村上氏の主張であり、免罪の理由だったのです。美術家はコンテクストで勝負する、これが村上氏の口癖でした。
ところが、その彼がいまやデザイナーとして権利を主張している。少なくともそう見える。おそらく村上氏としては、デザインの借用そのものというより、自分のコンセプトに敬意を払わないままにデザインだけ借用された、そのことへの怒りのほうが大きかったのでしょう。それは分かりますが、それでもこの裁判はデザインの問題として理解されるはずです。著作権侵害で争うというのは、そういうことです。だとすれば、今後は、DOB君のデザインが本当にオリジナルなのか、商品としてどれほどの魅力があるのか、ほかの無数の商業主義的なキャラクターと同じ厳しい基準で検討されざるをえない。今回の和解で、DOB君の権利は救われたとしても、村上氏の特権的な位置は怪しくなったのかもしれません。
誤解を避けるため付け加えますが、僕は美術家は著作権を主張すべきではない、と言っているのではありません。造形のオリジナリティで勝負している美術家もいるでしょう。しかし、それが村上氏なので戸惑っているのです。
村上隆という作家を、僕は尊敬しています。それは、彼が「日本のオタクポップを代表する新しい美術家」云々だからではなく(あまりそうは思いません、というより、そんなキャッチコピーを真剣に信じているのは少数でしょう)、むしろ彼の活動がきわめてコンセプチュアルだからです。村上氏の戦略は、美術と市場という二つの世界の差異に基づいたものであり、現代美術のゲームに対する強い危機意識のうえに立てられています。村上氏には、美術家と同時に商売人の顔がある。その二重戦略は、ある視点からすれば搾取に見えるでしょうが(市場で売れないものを美術作品として高額で売り抜け、逆に美術界の評価を市場に持ち込んでまた儲けているのですから)、別の視点からは、そのような二重基準を作り出す現代社会への鋭い批判のように見える。その点で僕には、村上氏の活動は、現代美術を無自覚に再生産し、美術館に収まっている作家よりはるかに刺激的に見えてきました。しかし、搾取と批判のあいだは本当に紙一重です。
これは難しい問題です。僕は美術家の一部には、本来は著作権で守られているはずの市場のデザインを借用することが大幅に認められるべきだと思います。そうでなければ成立しない活動もあるからです。そしてそれは、いまは慣習で認められています。しかし、もしその当の美術家が、オリジナリティを根拠として知的財産権を全面的に主張し始めたら、そのような慣習は成立しなくなるでしょう。村上隆がメーカーを訴えることができるなら、アニメスタジオもまた村上隆を訴えることができるかもしれない。村上氏の主張には、そのような危うさがあります。
いずれにせよ、ひとつ言えることは(そして残念なことは)、このニュースを見て僕のなかでDOB君のオーラが消えてしまったことです。実は、僕の自宅のリビングには、DOB君の版画がここ数年かかっていました。僕にとってDOB君のシリーズは、村上さんの価値転倒の戦略を代表する作品だったからです。しかし、そろそろレイアウトを再考すべきかもしれません……。
ファウスト中国語版
カテゴリー[critique]投稿日時: 2006年04月11日17:16

『ファウスト』の中国語版が台湾の尖端出版から出版されました。タイトル右上には、「全台第一本専青少年量身打造的文学MOOK」と煽り文が書いてあります。なんかすごそうです。
ちなみに、舞城王太郎の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」は「在我頭上鑚個洞」、西尾維新の「新本格魔法少女リスカ」は「新本格魔法少女莉絲佳」となっています。僕の「メタリアル・フィクションの誕生 動物化するポストモダン2」は「「後設実境的誕生 動物化的後現代2」ですね。このところ韓国づいていましたが、台湾にも仕事で行ってみたいものです。
それにしても、あれからわずか2年半なのに、この表紙、妙に懐かしい……。
韓国に行ってきました(3)
カテゴリー[critique]投稿日時: 2006年04月06日10:28
前回のエントリーの続き。
というわけで、韓国ではインタビューをしたり講演をしたりといろいろ忙しかったのですが、途中でGLOCOMのスタッフとは分かれ、家族と合流しオフに入りました。
オフといっても、ソウルにはもう10回近く行っているので、いまさら観光という感じでもありません。そこで、サムソンが作った美術館「Leeum」を見に行くことにしました(韓国のサイトにありがちなのですが、このサイトもMacOSやFirefoxでは動きません。WinXP+IEでActiveXのインストールを容赦なく要求されます)。
Leeumは2004年秋に開館した美術館です。マリオ・ボッタ、ジャン・ヌーベル、レム・コールハウスの3人がそれぞれ作った3棟からなっており、建築そのものが見所です。館内ではPDFを利用した作品ガイドが利用できて、このシステムもよくできています。さすがサムソン。

PDF作品ガイド
作品の近くに来ると自動的にページが切り替わり解説音声が流れます。韓国語のほかに英語、日本語、中国語が選択できましたが、OSには入れないようになってました。ハードはむろんサムソン。
収蔵品は古美術と現代美術の双方があります。財閥の収集品ということであまり期待していなかった(というより情報を集めていなかった)のですが、現代美術にはいい作品が入っていました。とくに、デミアン・ハーストの『死のダンス』に出会えたのは収穫でした。ハーストは好きなアーティストなのですが、これは現物を見てよかった。写真で見ても、さっぱり分からない作品です。昨年11月にはマシュー・バーニーの特別展をやっていたようです。このあいだの講演のときに寄ればよかった……。

Black Box
コールハースが設計した展示棟は、展示棟のなかに大きなブラックコンクリートの固まりが設置され、そのなかがまた展示空間になっているという入れ子構造になっています。
それにしても、ソウルは、このLeeumをはじめ、ソウルタワーや63ビルがリニューアルされるわ、国立美術館の新館が造られるわ、清渓川が復活されるわ、で全体的に金回りがいいなあ、という感じでした。今年はあともう一回ぐらい行きそうな予感がします。
韓国に行ってきました(2)
カテゴリー[critique]投稿日時: 2006年04月06日09:32
前回のエントリーの続き。
GLOCOMの調査研究と絡めて、3月22日の夜にソウル大学で小さな講演会を行ってきました。主催はソウル大学アニメーション研究会「NOITAMINA」。『動物化するポストモダン』の韓国語訳の出版社が決まった(翻訳はすでに完成している)ので、それを記念しての講演会です。
夜7時開始のはずが、前のインタビューがずれこみ、さらにタクシーが渋滞にひっかかって到着したのは8時すぎになりました(ソウル大学はソウル中心部から遠いのです)。それでも会場には50名近くの聴衆がいました。講演は日本語で行い、波状言論でお馴染みの宣政佑さんがそれを逐次韓国語に通訳してくださいました(宣さんは今回の調査旅行全体のコーディネートも務めてくれました、感謝!)。日本語がわかるひとも多かったようで、通訳なしに笑いがとれていたので、途中で外国で講演しているということを忘れてしまうほどでした。

会場の様子
内容はおもに、『動物化するポストモダン』および『動物化するポストモダン2』の紹介と周辺事情。聴衆には、新聞記者さんがいたり、『ファウスト』韓国語版の翻訳者がいたり、嫌韓ウォッチブログを日本語でやっている若者がいたりと、たいへん多様で、質問もポイントをついたものでした。ちなみに、最後の質問は、「東さんはさきほど美少女ゲームからエロの要素がなくなっていったと述べたが、確かに韓国でもLeafやType-MoonやKeyのファンにそういうことを主張しているひとがいる。しかし、実際にはそれらの作品にはエロシーンがある。どういうことか」というもの。韓国語版出版がますます楽しみになりました(笑)。

講演会のあとは臨時サイン会に
講演会のあとは、近くの繁華街(どこだかわからない)に移動し、20人ほどで飲みに突入。NOITAMINAのひとたち(だけではなかったようですが)は、みなさん個性でした。日本人以外の読者の感想を聞くのはたいへんためになります。韓国語版が出版されたら、またぜひこのような機会をもちたいものです。『美少女ゲームの臨界点』も今年中には韓国語版が出るはずです。
というわけで、ホテルに帰ったのは午前4時すぎで、ちょうどその夜にソウルについた妻と子供を起こさないようにひっそりとベッドに倒れ込みました。これまた日本とあまり変わらない感じ……。
韓国に行ってきました(1)
カテゴリー[critique]投稿日時: 2006年04月06日08:40
こんにちは。東浩紀です。昨年までは年度末も新年度もない生活を過ごしていたのですが、今年は副所長就任ということもあって、妙にごたごたしていました。みなさんはいかがお過ごしでしょう?
というわけで、遅い報告になってしまいましたが、実は3月20日から25日まで、また韓国に行ってきました。今回はGLOCOMの出張で、「韓国のネット事情」と「韓国のゲーム研究」の二つを柱として、ITコラムニストのキム・ジュンデ氏、DCinside創設者のキム・ウシク氏、ゲーム研究者のパク・サンウ氏などにインタビューをしてきました。

パク・サンウ(Park Sang Woo, 박상우)氏
総じて有意義だったのですが、僕にとってとくに興味深かったのがパク・サンウ氏です。
パクさんは現在41歳。韓国のゲーム研究の第一人者で、gamestudy.orgの主要メンバーでもあります。学生運動から転向して1990年代にゲーム評論を立ち上げ、大学での研究活動や評論活動のかたわら、いまではゲームビジネスのコンサルタントも手掛けています。研究の背景は意味論で、A・J・グレマスの「意味の四角形」とロジェ・カイヨワの遊戯論を組み合わせて議論を行っているとのこと。MMORPGには批判的でコンソール機に「政治的革命の可能性」を感じており、主著のタイトルは『ゲームに革命する力を』(『少女革命ウテナ』からの引用!)だそうです。日本語もできて、僕の『動物化するポストモダン』はすでにお読みでした。MMORPGと動物化の関係についてなど、最近まさに僕が考えていたことが話題になったりして、翻訳を介しながらも白熱したインタビューになりました。
パクさんの前に二人研究者にインタビューし、すでに韓国のゲーム研究が日本より活発で、しかもレベルが高いことは分かっていたのですが、パクさんとの対話でますます確信を深めました。このインタビューの模様は、GLOCOMの機関誌である(と同時に、副所長就任とともにその編集までやることになってしまった)『智場』107号に一部掲載される予定です。

インタビュー光景:新村(シンチョン)駅近くのカフェで行いました
ちょうどタイミングがいいことに、GLOCOMではこの春、井上明人くんという若い研究者が「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会」を立ち上げたばかりです。もしこの研究会がうまく機能すれば、それの絡みでパク・サンウさんを日本にお呼びできるかもしれません。というか、ぜひお呼びしたいものです。
GLOCOM副所長に就任しました
カテゴリー[glocom]投稿日時: 2006年04月01日20:59
東浩紀です。
本日付で、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの副所長に就任いたしました。僕はGLOCOMでは、isedなど、実験的で領域横断的な研究プログラムを担当し実施してきましたが、今後もますますそれを加速させる予定です。
今後ともよろしくお願いいたします。