kajougenron : hiroki azuma blog

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渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログサイトです。東浩紀の経歴や業績については、当ブログの親サイトに情報があります。hiroki azuma portalをご覧ください。

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blog entries at 【2006年06月】

Geet State / SF 2.0 続報

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おはようございます。告知です。

いくつか前のエントリで告知したように、来る7月8日-9日、宮城県松島で行われる第45回日本SF大会に桜坂洋さんとともに参加します。

僕と桜坂さんは、21:30-23:30に「嘉松」で行われる企画「SFファイブリーグ」と、25:30-27:30に「嵯峨」で行われる企画「SF 2.0」に出演します。後者の模様は、プロジェクト・ギートステイトの暫定ウェブサイトでリアルタイム中継が行われる予定です。会場には無線LANが引かれているということで、音質の心配もなくなりました。えらい深夜なのですが、興味ある方はぜひお聞きください。

ところで、この「SF 2.0」というのは、僕と桜坂さんの酒の席で、「僕たちのプロジェクトってSF2.0だよ!」とかいう感じでいい加減に決まった言葉です。その問題のプロジェクト・ギートステイトとはなにかというと、こんな感じです。

「かつて、小松左京らが描き一世を風靡したサイエンス・フィクションは、最新の科学理論に基づき、フィクションであるのと同時に「その科学理論が実現したらどうなるか?」という知的好奇心を満たすシミュレーションでもあった。1960年までの40年間、科学技術が世界に変革をもたらしたのだとすれば、2000年までの40年間は、情報技術が世界に変革をもたらしたのであり、いまその変革はより先に進もうとしている。人々は、「その情報技術が実現したらどうなるか?」という知的好奇心を持ち日々を過ごしている。[……]この議論の成果を注ぎ込み、2045年の世界を設定する。そこに描かれるのは、決して夢物語ではなく、現在、ビジネスマンや官僚、エンジニアが思い描いている一般的な未来像でもある。本企画の強みと魅力は、そのような高い現実性であり、それは人々が持つ情報技術への知的好奇心を満たすはずである」。……

企画書をリミックスした文章なのでギトギトした文体になっていますが、僕たちの共通の問題意識は、「いまリアルな未来社会ってなんだろう?」というところにあります。レトロフューチャーとかなんとか言っても、パラレルワールドでもメタフィクションでもない、ベタな未来は確実に来るわけで、そんな現実について想像力を放棄するのもつまんないよなあ、というところでこの企画は始まっています。

第1次完成形は、数十の未来世界キーワードと数本の論文のうえに、4本のオムニバス短編が乗っかるかたちになるはずです。発表媒体は現在再構築中ですが、夏半ばにオフィシャルサイトはオープンします。

おっと、書き忘れました。

上に貼り付けてある画像は、そのSF大会で交換するシールのデザインです。SF大会では、来場者同士でシールを交換するのだそうで、よくわからないままデザインしてみました。

当日、僕たちに会ったら、声をおかけください。交換します。


GLOCOM辞職のお知らせ

東浩紀です。

さて、僕は国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)という研究所の副所長を務めていたのですが、このたび、副所長を辞任し、ついで近日中に研究員職も辞することにいたしました。この夏から、しばらくフリーの批評家に戻ります。

理由は、GLOCOMの運営方針が大幅に変わり、僕のような人間がいる場所がなくなったからです。僕は、isedを行ったり、機関誌『智場』をリニューアルしたりと、自分なりにGLOCOMの再生とイメージアップに注力してきたつもりだったのですが、違和感を覚える方が多かったようです。どこの会社にでもありそうな派閥抗争が展開され、中傷などもあり、そのすべてに嫌気がさして僕は辞任を決めました。ほぼ同時に、所長代行(所長は不在なので実質的な所長)も辞任しており、GLOCOMの経営陣は大きく変わることになります。僕は、今後GLOCOMのなかでは自由な活動ができそうにないので、潔く職を辞することにしました。

僕がGLOCOMを辞めることで、自動的に東浩紀研究室も消滅します。東研では今年度、僕が責任者である「ギートステイト」(先日ネットラジオで放送したものです)と、井上明人くんが中心となり、DiGRA JAPANとも連携を模索していた「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会」(RGN)の2つのプロジェクトが動いていました。

前者については、GLOCOM内のプロジェクトとしては近日内に閉鎖し、桜坂洋さん、鈴木健さんと任意団体を結成し、そこを母体としてGLOCOM外のプロジェクトとして継続する方針を決めました。幸いなことに、プロジェクトが企画段階で、アウトプットもなければ出金もほとんどない状態だったので、それが可能でした。プロジェクトそのものは、GLOCOMを離れることで、むしろ普通にエンターテインメントとして営業ができやすくなったので、大きく成長するかもしれません。がんばってみます。

後者については、井上くんが研究員として在籍し続けているかぎり、存続に問題はないと思います。先月の『論座』にも書きましたが、来年、DiGRAの国際会議が東京で開かれます。実は僕としては、国際会議に向けてDiGRA JAPANと連携を深め、GLOCOMを日本のゲーム研究の一拠点とする(そしてそこに美少女ゲーム研究も滑り込ませる 笑)などという夢を抱いていたのですが、それはさすがに無理になってしまいました。あとは個人としてRGNやDiGRAに協力していきたい、と思っています。

ほか、もうお蔵入りなので公開しておくと、実は東研では、水面下で「1995年以降の日本社会論を分野別に整理し、アンソロジーを組んで海外に発信する」プロジェクトなども進めていました。このプロジェクトは、編集料や翻訳料など、最低でも数百万の費用がかかるので、スポンサーを集めていたところでした。しかし、これは水泡に帰しました。

さらに僕は、発信編集局長なるものも兼務していた(こちらは形式的にはまだ解任されていないのですが、実質的にはすでに同じことです)ので、そこでは『智場』を新しいタイプの情報社会系批評誌にするべく、本気で編集を始めていたところでした。106号では金子勇氏を引っ張り出してWinnyとSNSを、107号では梅田望夫氏でWeb2.0を特集したのですが、これはなかなか悪くなかったと自負しています。108号では、巻頭で稲葉振一郎さんと『モダンのクールダウン』をめぐって対談する予定だったのですが、副所長を辞任した僕が機関誌で巻頭対談なんてありえないので、これは中止になります(稲葉さん、すみません……)。『智場』が今後どうなるのかは、すでに僕の手を離れています。

というわけで、GLOCOMでやり残したこと、辞職のためにできなくなったことは無数にあります。そのかぎりでは残念です。

しかし、冷静に考えて、僕はここでGLOCOMを離れることになって、本当によかったと思います。

GLOCOMは小さな組織ですが、それなりに重い歴史を抱えており、副所長という職務は予想以上にたいへんでした。そして僕は、副所長に任命されたのこそ4月ですが、次期所長候補として(というのも、いまや言ってもいいでしょう)昨年の夏から1年ほど、ずっと経営面を見させられてきました。そこで僕は、予算表をみたり組織図を変えたり人間関係を調整したり理事長に挨拶したり、まったく不向きなことに時間を費やしてきました。そして、その辛苦を支えてきたのは、それを耐えさえすれば、まったく新しい、自由な人文系研究所を作れるかもしれないという(いまから思えば甘すぎる)理想であり、またその理想を掲げていた所長代行への共感でした。

しかし、いまや僕は、その理想を失うとともに、努力からも解き放たれました。あとは僕は、自分がやりたいこと、自分の生活を支えることだけを考えればよい。この清々しさは、しばらく忘れていたものです。そして、いまの僕にいちばん必要だったのは、この清々しさのような気がします。

やり残したことの多くは、GLOCOMの外でもできることです。実際に「ギートステイト」は3人のチームで継続しますし、『智場』で得た感触を活かして今度は出版社で雑誌を立ち上げる、というのもありでしょう。これからは、そういう方向を探っていきたいと思います。

以上、報告でした。冒頭に記したように僕は「フリーの批評家」に戻ったので、まずは溜まったアイデアを書籍化することに注力します。

あらためて、みなさん、よろしくお願いいたします。

いま放送中です

放送中です。ハウリングもなおりました。

いまから放送です!

5分以内に始めます。ここの「Listen」欄をクリック。

本日9時より試験放送

下記エントリにあるように、本日午後9時より、下のサイトで桜坂洋さん、鈴木健さんとともにプロジェクト「ギートステイト」の企画会議を放送します。

http://www.glocom.ac.jp/project/geetstate/

ぜひお聞きください!

Geet State / SF 2.0

続けてもうひとつ告知です。

告知が遅れましたが、実はこの4月より、昨年のisedに続いて、GLOCOMで新しいプロジェクトを立ち上げています。

小説家の桜坂洋さん、ised設計研司会の鈴木健さんと組んで、40年後の日本社会を多角的に描き出そうという試みです。SFでもあり未来予測でもあり、エンターテインメントでもあり研究でもあり、フィクションでもありリアルでもある(リアル・フィクション?)という実験的なプロジェクトで、アウトプットとしては小説と論文が同時に展開されます。ゆくゆくは映像の制作なんかも考えてます。

今後徐々にプロジェクトの情報を公開していきますが、まずはこの7月、第45回日本SF大会の深夜企画に、桜坂さんとともにおじゃまさせていただくことになりました(緊急に決まった企画なので、プログラムには記載されていません)。7月8日の深夜、ホテルのどこかで、桜坂さんとともに、この企画に賭ける思い、SF作家/評論家にとってもつ意味などを中心にもろもろ話します。題して「SF 2.0」。

また、7月8日深夜より行われる桜坂×東対談は、ネットラジオで生中継することを考えています。回線状況が未確認なので音質が低いかもしれませんが、楽しみにしてみてください。

と同時に、そのネットラジオのサーバーへの負荷をテストするため、来週の6月19日、午後9時より1時間、桜坂さんと鈴木さんと僕が毎週行っている企画会議をネットラジオで公開します。だらだらとキャラクターや世界設定について話すだけのものですが、どんなプロジェクトなのか興味のあるひとは、ぜひ覗いてみてください。

6/19と7/8には、下記のアドレスよりアクセスできます。

http://www.glocom.ac.jp/project/geetstate/

よろしくお願いします。

ガガガトーク

東です。告知です。

小学館ガガガ文庫の「ガガガトーク」に出演しました。佐藤大さん、イシイジロウさんとの鼎談です。

そろそろ1回目が公開されるころかと思いますが、そのなかで僕が、「涼宮ハルヒも上遠野浩平のように売れているとは思えない……いや、売れてるの? わからないけど」みたいな発言をしています。

大意には影響しないので削除せず残してあるのですが、読売新聞の報道によると、これはまさにそのように売れているようですね。涼宮シリーズは既刊8冊で250万部。ラジオの収録は5月半ばだったので、この情報は知りませんでした。

それにしても、涼宮ハルヒシリーズは、普通に読んでメタライトノベルだと思うのです(というわけで僕は好きですが)。アニメ効果があったとはいえ、それが百万部単位とはおそろしいことですねえ……。

オタク世代論補足

友だちに「これからは汐音モエモエ日記で、そしてそれのみでいけ!」と強くアドバイスされたのに(だからトップ絵も変えたのに)、懲りずにちょっと書きます。。。。

少し日にちが経ちましたが、岡田斗司夫さんの「オタク・イズ・デッド」騒動をネットで眺めていて、思い出したことがあります。といっても、大した話ではないのですが、イベントレポを見るかぎり、岡田さんにも『動物化するポストモダン』で提案したオタク3世代区分が使っていただけたようなので(それとも、ルポを書いたひとがまとめているだけかな? まあ、ともかく)、あの区分の使用法を整理しておこうというわけです。

実は、僕があの世代区分を本で提案するまえに、竹熊健太郎さんや小谷真理さんから、「これはひとつ世代がずれているんじゃないの」と指摘されたことがありました。彼らによれば、全共闘世代こそがオタク第1世代で、新人類はその追随者にすぎない。同じことが宮台さんや笠井さんにも言われた気がするので、それは多くのひとの共通感覚なんだと思います。なるほどなあ、と思いました。

にもかかわらず、僕が1960年近辺生まれを「第1世代」にした理由には、実は1981年の「アニメ新世紀宣言」イベントと、やはり同年のDAICON3があります。むろん、僕は当時10歳だったのでリアルタイムで経験できたわけではないのですが、それぞれのイベントについては、あとで何度も話を聞きました。そんな強烈なイベントを20歳内外で体験した人々こそ、オタクの第1世代と呼ぶべきなのではないか。それが僕のオタク観の中心になったわけです。そしてそれは、実際に、オウム真理教徒の世代であり、また『エヴァンゲリオン』の制作者の世代でもありました。

ちなみに、僕自身は、小学生から中学生にかけてディープな小松左京ファン、新井素子ファンだったので、DAICONのほうは名前だけですが数年後に知っていました。1983年の僕は、中学受験が終わったと思ったら、うる星やつらのチーフディレクターが押井守でなくなって凹んでいました。同じように、小松さんや新井さんのエッセイでDAICONのことを読んで、「ああ、ここでも間に合わなかった」と悲しい想いをしたことを覚えています。ネットがあれば、小学生でもがりがり情報を集めていたのですが、当時はそんな環境はなかったのです。

……というわけで、1960年近辺生まれを第1世代とすることは決まったのですが、ではなんで1970年近辺生まれが第2世代なのか?

これは実は深い意味はありません。というよりも、深い意味をもたせないというのが、この世代を挿入した意図でした。

いまさらこんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、僕は実は、『動物化するポストモダン』が世代論やオタク論に偏ることを本気で避けたいと思っていました。もし「世代」に強い意味をもたせるとしたら、オタク第2世代は、1970年近辺生まれではなく、1980年近辺生まれ、つまり、いま第3世代と言われているあたりに設定するべきでした。そうすれば、第1世代が第2世代に変わった! これからは世界設定じゃなくて萌えだ! という話なのでまとまりがいいのです。実際、『動物化するポストモダン』の内容からしても、そうなるべきでした。第1世代はシニシズム、第3世代は動物、というのが、あの本の(きわめて大雑把に要約すると)主張なのですから。

にもかかわらず、主張が弱くなるのを承知で第2世代を入れたのは、「世代」という言葉を単純に出生年代区分として使いたかったからです。1960年生まれは第1世代、1970年生まれは第2世代、1980年生まれは第3世代、という区分は、出生年を区分して示しているだけなので、深い意味をもたないと思ったのですね。実際はそうなりませんでしたが……。

というわけで、あの世代区分は、こういう風に使うべきなのです。あなたの出生年から1950を引く。それを10で割ったのがあなたのオタク世代です。

1971年生まれの僕は、オタク2.1世代。1959年生まれの宮台さんは、オタク0.9世代。1991年生まれの君(僕の読者のなかで年齢が確認できた下限)は、オタク4.1世代。こうすると、1950年生まれはオタク0世代ということで、団塊=全共闘世代(1947-49年生)直後からオタク化が始まったという図式になります。便利というか、内容がないというか、こういう区分なのですね。

OpenSky

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こんばんは。ご無沙汰しています。東浩紀です。

去る5月26日、八谷和彦さんのOpenSkyのテストフライトを見学させていただきました。あの、某アニメのあの機体を飛ばそうというプロジェクトです。午後に到着したので5本しか見れなかったのですが、数メートルの高度でも間近で見るとなかなか迫力があって、堪能しました。詳しい説明や記録映像は、OpenSky公式サイト八谷さんの日記で公開されています。しかし、これはぜひ生で見てもらいたいものですね。感覚的に、例のアニメの機体の2倍ぐらいの大きさです。

今回は、ゴムで曳航し地上数メートルを飛ばす実験だったのですが、ゆくゆくは高度500メートルでも1000メートルでも飛ばすとのこと! 早くその飛行を見てみたいものです。

2枚目の写真は、娘の汐音がテスト機に乗せていただいたところです(ありがとうございます)。貴重な機会なのに、泣いちゃいました。

八谷さんの娘さんも泣いてしまったようで、「やっぱりあのアニメの世代じゃないとダメなんじゃないか」という冗談が、まわりから聞こえてました(笑)。

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