kajougenron : hiroki azuma blog

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渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログサイトです。東浩紀の経歴や業績については、当ブログの親サイトに情報があります。hiroki azuma portalをご覧ください。

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blog entries at 【2006年09月】

ギートステイト制作日誌更新

ギートステイト制作日誌を更新しました。

ギートステイトの舞台「南関東州」

伝言ゲーム?

東浩紀です。けっこうどうでもいい話なのですが……。

「エロゲやギャルゲなどの"美少女ゲーム"、ゲーム性失う。ここ10年進化せず プレイヤーは韓流ドラマに夢中のマダムと同じ・・・評論家東浩紀氏」という、あるブログの記事(A)が、タイトルだけで話題になっているようです。

しかし、この記事からリンクされている元記事(B)を一瞥すれば明らかなように、「プレイヤーは韓流ドラマに夢中のマダムと同じ」というのは僕の発言ではありません。それは元記事執筆者が取材した別の人物の発言です。上記記事Aのの元になっている2ちゃんねるのスレッドの住人が、混乱してか、あるいは横着してスレッド名を決めただけだと思われます。

しかも、前段の「ゲーム性失う。ここ10年進化せず」も多分の誤解を招いています。そちらは今度は、元記事執筆者が、報道記事の一部だけを抜き出したために生じています。その元記事のさらなる元記事(C)(これがようやく本来の報道記事)を読めば、あるいは僕の補足記事を読めば、もともとの文脈はわかります。ただこちらは、まあ、あるかもしれない誤解です。

というわけで、講演→ITmedia(C)→livedoor News(B)→2ちゃんねる→ブログ(A)と伝言が繰り返されて、僕の主張はまったくの別物に変化を遂げていたのでした。

いやはや。

コミケ本の通販始めました

ギートステイト・ハンドブックの通販を始めました。

http://www.hajou.org/sales/catalog.htm

環境知能シンポジウムの記事

先日出席した「環境知能シンポジウム」の記事が、以下に掲載されました。

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060925/248841/?ST=pc_news

ほかのメンバーがたいへん豪華ななか、なんとか役割を果たせて一安心です。

ところで、参加メンバーのなか、カルフォルニア工科大学の下條信輔氏と僕は、幾度かシンポジウムなどで同席したことがあります。今回下條氏は映像のみの参加だったのですが、氏の問題意識と僕の議論はなぜか重なるところが多く、いつも刺激をうけています。

たとえば、この拡大写真に僕のpptが複写されていますが、下條氏は『<意識>とは何だろうか』(講談社現代新書)のp.209以下で、「人間が自由を感じるのは何も考えていないとき、すなわち環境のいいように操作されているときだ」という、ある意味でたいへん逆説的な意見を述べています(この意見は、瀬名秀明さんの小説『第九の日』にも引用されています)。この洞察は環境管理の本質を考えるうえで決定的な意味をもっています。いちど、「環境管理の認知科学から見た意味」について、じっくりと話をうかがいたいところです。

日本SF大賞予備選考候補作

ちょうど1年ぐらい前の投稿に書いたように、僕は日本SF大賞の予備選考委員なるものを拝命しています。最終選考の候補作を絞り込むために、推薦作を探してきて日本SF作家クラブ事務局に報告する役割です。

昨年と同じように、今年も僕が提出した候補作と選考理由を公開します。昨年と対照的に、小説がひとつも入らない(ハルヒだけ入っていますが、小説そのものが候補ではない)ことになりました。

なお、ネタバレ満載なので、そういうのが気にかかるかたは読まないでください。

以下、東浩紀の推薦作を挙げます。4つです。

昨年と同じく、推薦の優先度が高い順に並べています。


・『時をかける少女』
・細田守(監督)
・マッドハウス(制作)
・劇場用アニメーション

2006年夏公開。筒井康隆の有名なジュブナイル小説の映画化。原作を大幅に改変しており、事実上のオリジナルと言って差し支えない。アニメーションとしての本作の魅力は多岐にわたり、物語展開もすぐれているが、その点はすでに多くの論評が出ているので解説の必要はないだろう。

評者がこの作品を大賞の候補として推すのは、そこに、タイムスリップをアドベンチャーゲームの分岐として捉えなおした(言いかえれば、40年前の想像力を現代風にアップデートした)意欲的な構成があったからである。この作品の主人公は、途中まで幾度も同じ現在を反復し、リセット可能な人生を満喫しているが、ふとしたことから「反復そのものの反復不可能性」に直面する。それはコンピュータ・ゲームのプレイ経験の隠喩として読める。新しい技術が可能にした、主流文学や主流映画に難しい経験を作品化するのは、SFの本来の使命である。その点でこの作品は、現代的な主題を追いつつも、きわめて正統的なSFだと言える。

また、加えて、細田監督がこの作品について、「新しい未来を示したかった」と述べているのも重要である。『時をかける少女』を貫くのは、未来が複数ありうる世界(モラトリアムな世界)のなかで、ひとつの未来を選ぶとはどういうことか、という問いである。本作は青春SFのかたちをとっているので見えにくいが、この問いは、「大きな未来」を失った現代のSF全体に突きつけられている問いでもある。その点を含め、本作の射程は大賞受賞にふさわしい。

なお、本作については評者はブログでも詳しい感想を書いた。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000239.html


・『バルバラ異界』
・萩尾望都
・小学館
・コミック

2002年から2005年にかけて連載され、2005年10月に最終巻が出版された萩尾望都の最新SF長編。2052年の近未来社会と少女の夢の世界を往復しながら、二組の親子のすれ違いと和解の物語が並行して同時に展開していく。

「火星」「少年」「不老不死」「トラウマ」など、萩尾作品を特徴づける主題が満載なうえに、SFとミステリの双方を取り入れた物語展開はきわめ複雑かつ精緻で、その筆力と想像力には圧倒させられる。SF大賞の時事性を考慮し、本稿では『時をかける少女』を第一候補に挙げているが、本来ならばこちらも同じように大賞に推薦したい。

なお、この作品の最終巻でも、まさにアドベンチャーゲーム的な分岐の発想が重要な役割を果たしている。主人公は、最終的に息子と和解することができるが、それは「ありえたかもしれないもうひとりの息子」との和解にすぎず、その代償として本来の息子は別の分岐世界に飛ばされてしまう。この点で本作の主題は、上記『時をかける少女』ときわめて近いところに位置している。『時をかける少女』も『バルバラ異界』も、ともにリセット可能な世界でリセット不可能な物語を追求した作品なのである。


・『ひぐらしのなく頃に』
・竜騎士07
・07th Expansion
・同人ノベルゲーム

2002年に頒布が開始され、2006年8月の夏コミでようやく最終話が発売された長編のアドベンチャー・ゲーム。同人制作ながらも、2004年に口コミで人気が爆発、急速にメディアミックス展開が進み、今秋にはPS2での発売も決定している。

本作の基本はホラーであり、ミステリである。昭和50年代の農村を舞台とした連続殺人事件の謎が主題となっており、SF色は薄い。しかし、本作の世界観の根幹は、実は、登場人物のひとりが幾度も同じ時間、同じ事件をループしており、そこから抜け出すためプレイヤーの介入を必要としているという、SF的な発想で支えられている。ここでも現れる主題は、リセット可能な世界でのリセット不可能な物語の再構築である。

同人ゲームであること、表面的にはSFに見えないことなどを考えると、大賞候補として挙げるのは必ずしも適切ではないかもしれない。しかし、選考過程ではこのような周辺ジャンルにも目を配ってほしいという希望を込めて、推薦することにした。

なお、本作についても評者はブログで詳しい感想を書いている。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000242.html


・『涼宮ハルヒの憂鬱』現象
・谷川流(小説版)
・京都アニメーション(アニメ版)
・角川書店

小説版は2003年に刊行された第8回スニーカー大賞受賞作。2006年の春のアニメ化によってブレイクし、ベストセラーになったのは知られるとおり。これもまた、あらためて物語の解説は行わなくていいだろう。

谷川の原作は、強い物語や奇想に支えられているというより、ライトノベルの「お約束」を逆手に取って作りあげる、いわばメタライトノベル的な洗練が特徴的な小説である。京都アニメーションは、原作に潜むそのメタ性を最大限に生かす演出(たとえば、放映順番が話数の順番と異なっているなど)を駆使して話題作を作り上げた。そこにさらに、評論を加える無数のブログが加わり、ブームが生まれた。メタがメタを生み、そしてまたメタへと取り込まれるというこの現象には、現在のライトノベルの市場の可能性と問題点が、すべて凝縮されている。

小説版、アニメ版も、それぞれ高い水準を保っている。しかし、小説版は本年の候補にするのが難しく(第1作は2003年の小説であり、シリーズは完結していない)、アニメ版も単体で候補とするにはいささか弱い。そこで、評者としては、両者を組み合わせ、この現象全体を選考対象にしてはどうかと考える。実際に今年のハルヒブームには、ちょっとした「センス・オブ・ワンダー」がなかっただろうか。

最後に付け加えるが、本作の世界観にも、根底ではアドベンチャー・ゲーム的な「リセット」感覚が流れている。現在のSFのひとつの中心は、ゲーム的な物語感覚なのかもしれない。

ほしおさなえ(妻)のイベント

tt.jpg

こんばんは。

以前もここで、僕はいっこうに本が書けない、どころか線路転落で伏せっていたというのに妻は出産後2冊も本を出している、そんな終わった状況を報告しましたが、この10月1日には妻はついにイベントまで開催します。

time train 4

数年前から続いている「Time Train」という、朗読+エレクトロニカ+映像シリーズの第4回です。

僕は当日は客入れスタッフをやっている予定です。汐音は義母が会場の近くで預かり、妻は会場とそこを行ったり来たりしながら、会場設営と授乳を同時にやるのだそうです。僕はせいぜい客入れでがんばります。。。

育児パワーで詩の朗読にも新境地が開けてきたそうなので、みなさん振るってご来場ください。

GS制作日誌更新

ギートステイト制作日誌を更新しました。

http://blog.japan.cnet.com/geetstate/archives/2006/09/1.html

東工大で講義を行います

こんばんは。東浩紀です。

来る10月より来年の3月まで、東京工業大学世界文明センターの特任教授に着任します。「世界文明センター」の実態は僕にもよくわからないのですが、できたばかりの研究機関のようです。

僕は今年の冬学期、毎週月曜日、13:20からのコマで下記の授業を行います。大学2年生向けの「文系基礎科目」らしいので東工大生なら学部に関係なく履修できるのでは……と思いますが、こういうのは非常勤の身にはわからないので、関心のあるかたは教務課に問い合わせてみてください。

授業科目名:ポストモダンと情報社会
授業科目名:Postmodernity and Information Society
推奨学期:4
単位数:2-0-0
担当教員:東浩紀 特任教授
連絡先:大岡山西9号館7階714号室価値システム事務室

講義のねらい

「ポストモダン」「ポストモダニティ」は、毀誉褒貶があるが、現代社会・現代文化を考えるうえでいちどは理解しておきたい概念である。本講義では、「ポストモダン」の意味を明確にしたうえで、その条件として情報社会化を捉え直し、ポストモダンの概念の再構築を図る。参照される固有名は、リオタール、フーコー、ローティ、ノージック、レッシグなど。初心者向けなので、これらの著作を読んでいる必要はない。

講義計画

第0部 ガイダンス(第1回)
第1部 ポストモダンとはなにか(第2-4回)
第2部 規律訓練と環境管理(第5-7回)
第3部 リバタリアニズムとサイバースペース(第8-10回)
第4部 二層構造の社会(第11-12回)
#これはあくまでも計画なので、いろいろと変更の可能性がある

成績評価

レポートによる。レポートは、電子メールによる提出。携帯電話でのレポート投稿は認めないので注意。

テキスト等

特にないが、講師自身の著作である『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)と「情報自由論」(http://www.hajou.org/infoliberalism/)を一読しておくことが好ましい。

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