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渦状言論へようこそ。

ここは、批評家・東浩紀が運営するブログです。東浩紀の経歴や業績については、hiroki azuma portalをご覧ください。

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blog entries at 【2008年12月】

コピー誌できました

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本日コミケで販売予定のコピー誌ができました。書き下ろしエッセイ/講演活字化/原稿再録/書き下ろし小説(冒頭部分のみ)の4点で、A416ページ。白黒。500円です。表紙は娘パワーに頼りました。

コピー誌とはいえ、ひさしぶりの新刊なので、コミケにいらっしゃるかたはぜひお立ち寄りください。

なお、ぼくはコミケのあとは、佐々木敦さんプロデュースの「エクス・ポナイト」に出演します。体力がもつのか疑問です。

追記
書庫を漁っていたら、品切中の『美少女ゲームの臨界点』が1冊、『美少女ゲームの臨界点+1』が2冊出てきたので、もっていきます。欲しい方はぜひ。

英語版『動物化するポストモダン』

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現在、コミケの準備でちょっと忙しいので、情報だけ流しておきます。

『動物化するポストモダン』の英訳が出版されます。タイトルは直訳すると、「オタク:日本のデータベース的動物たち」。出版社はミネソタ大学出版です。いい出版社です。

出版は2009年3月の予定ですが、下記に出版社の紹介ページが開かれています。Amazonでの予約も始まっています。

なお、この出版に関連して、3月29日にシカゴで開かれるAssociation for Asian Studies の総会でパネルをもつほか、アメリカのいくつかの大学で講演を行う予定です。

ちなみに、ぼくもいまさっき、このURLが翻訳者の方から送られてきてはじめて表紙を見たのですが、なんかすごいインパクトですね。違和感を覚えないわけではないですがw、しかしこれはこれでいいのではないでしょうか。

http://www.upress.umn.edu/Books/A/azuma_otaku.html

http://www.amazon.com/Otaku-Database-Animals-Hiroki-Azuma/dp/0816653526/

http://www.amazon.co.jp/Otaku-Database-Animals-Hiroki-Azuma/dp/0816653526/

コミケ出店情報

コミックマーケット75に出店します。

12月30日
火曜日西地区
と-13a
「波状言論」

今回はオフセットの新刊はないのですが、コピー誌を作りました。A4で16ページです。京都造形芸術大学での講演「社会契約と『動物化』——オタク的公共性のゆくえ」(2万5千字)、書き下ろしのエッセイそのほかが収録されています。文字数だけは多いコピー誌です。

ぜひご来場ください。

告知の抜け

先日のこの告知にふたつほど抜けがありました。

・『早稲田文学』第2号で、先日のワセブンシンポの活字化が読めます。それに参加しています。なお、この号、裏表紙と帯が全員の集合写真なのですが、ぼくは妙に目つきが悪いです。ぼくはちょっと俯くとすぐ三白眼になるのです。
・『パンドラ』次号に「ゼロアカ道場という怪物」というエッセイを寄せています。文フリ後3日後に書いたものです。

思想地図・扉文3

思えば最近、このブログのエントリはトラブル処理ばっかだぞ、と思う東浩紀です。

とはいえ、本当はそんなトラブルにも悩んでいません。なぜなら、それはどうせネットを舞台に若い読者が騒いでいるものばかりなので、解決が簡単だからです。まずぼくがネットをあまり見なくなればいい(これは部分的に実行しています)。つぎにこのブログを閉じてしまえばいい。そして最後に、講演とか授業でも、ネットにルポ載っけないでね、よろしく、と言い続ければいい。要は、ネットであまり話題にならないひとになればいいのです。

しかし、そんなんで批評家東浩紀のアイデンティティは保てるのでしょうか?  そんなことも悩む今日このごろです。

といったところで、思想地図の扉文第3弾をアップします。特集「ジェネレーション」、第2章の扉文になります。

「労働と創造の新しい関係」リード文

この章の意図はタイトルが十分に示しているのではないかと思う。正直に告白すると、企画段階ではこの章には「ロスジェネを越えて」という仮題が記されていた。いま「ジェネレーション」を特集するのであれば、やはりロスジェネ(ロスト・ジェネレーション)論壇への目配せは欠かせない。とはいえ、そこで『思想地図』が行うべきなのは、マスコミが増幅するロスジェネのイメージ、ネオリベと非正規雇用とネットカフェ難民の物語に無邪気に乗ることでもなければ、またそれに抵抗して良識を気取ることでもないだろう。むしろここでは、現代の労働の具体的な困難を語るよりも、多少議論が抽象的になったとしても、その背後にかすかに見え始めている「労働」そのもののドラスティックな変容を捉えたい。そのような意図のもと、異なった背景をもつ四人の論客に原稿を依頼した。

鈴木健は一九七五年生の物理学者・経営者・プログラマ。理論経済学の論文を書きソフトウェアを作り企業を経営する鈴木の多面的活動は要約しがたいが、そこに一貫しているのは、情報と計算のパラダイムが可能にする新しい社会秩序への強い関心である。収録論文は、そんな社会が生み出す「労働のゲーム化」の潜勢力を鮮やかに描き出している。橋本努は一九六七年生の経済学者。二〇〇七年に上梓された『帝国の条件』で斯界の注目を浴びた。収録論文は、「創造主義」を鍵概念として、一般に保守的・ネオリベ的・経営学的文脈で理解されるクリエイティビティ論に別の政治的可能性を見いだそうとする。以上二つの論文は後掲の第二特集とも問題意識をかなり共有しているので、併せて読むとよいだろう。

田村哲樹は一九七〇年生の政治学者。収録論文は、この春に上梓した『熟議の理由』を補完するもの。労働からの解放が熟議民主主義の必要条件だというその問題提起は、橋本の創造主義とも響き合うところがある。なお『熟議の理由』は、じつは本誌編集委員の北田暁大の主著『責任と正義』への応答という側面を備えており、その点も考慮すると論文はますます興味深い。最後の大澤信亮は一九七六年生の文芸評論家。収録論文は上記三点とは異なり文学的だが、批評家ならではの手法で柳田國男と労働組合の可能性の中心に迫る力作。大澤は『ロスジェネ』『フリーターズフリー』の編集委員であり、論文はまずはその経験との関係で読まれるべきだが、同時に彼が『新潮』二〇〇八年一一月号に寄せた「柄谷行人論」とも主題が連続している。

東工大授業の顛末について

怒っているのでも疲れているのでもなく、ただただ人々の幼稚さに呆れうんざりしている東浩紀ですが、ぼくの東工大の授業についてシンプルな方針を示しておきます。

1.該当の授業は東工大の授業なので、東工大生以外は原則聴講禁止。

2.もし東工大生以外の部外者が僕の授業に潜り、そのために講義の進行が妨げられる場合、世界文明センターの責任が問われるおそれもあるので、該当者の聴講は固く禁じる。

3.ただし、潜り学生がこっそり存在していたとしても、講義が粛々と行われているかぎり、ぼくはその存在に気づかない可能性がある。

というわけで、2週間ほどまえに記した、「授業に来ればいいじゃん」発言は公的には撤回します。いずれにせよ、授業じゃなくて講演などの機会であれば、質問を受けることは可能です。

で、なんでこんな方針を書くことになったか、の話。

じつはぼくはいま本当に2ちゃんねるもはてなもなにも見ていないのですが、しかたないので昨日の件の報告エントリだけは確認しました。それで、問題の本質(というか本質のなさ)に関わる点で、二つほど報告者=潜り希望者が抜かしている単純な事実があるので、記しておきます。たいした話ではないので、興味があるひとだけ読んでください。

1.この報告者(非東工大生)の方は、最初に嘘をつきました。

該当エントリにもあるように、ぼくはまず教室外の廊下で、「前回まで潜っていたひとは教室に入っていいです」と言いました。10人弱の人間が残りました。しかし、そのときに彼は黙って、しかもぼくの背後のドアから教室に入ろうとした。ぼくが気づいて止め、「君は出てたかな」と問いただしたところ、彼は「出てました」と答えました。これはおかしいな、と思ってぼくが「でも顔を知らないよ」とあらためて問いただしたところ、その男性は「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」とへりくつをこねはじめました。それで問題のひとだとわかりました。それが、このひととぼくが最初に交わした会話です。

2.報告者とともに来た2人のうちのひとりは、2002年にSFセミナーの合宿部屋でライターさんともにぼくを批判し、2006年にSFセミナーの企画運営でぼくとトラブルを起こし、さらに別のライターさんとともにふたたびぼくに絡んできた、言ってみれば古参の東クレーマー氏でした。

まあ、そういう事実からなにを判断するかは、みなさんの自由です。

でもちょっとだけ付け加えておきましょう。

いちおうぼくとしては、彼らの振るまい(後述のように授業の直前に知りました)が不愉快なことは事実で、その点についての最低限の問いただしを、彼らが誠意をもって聞いてくれれば教室に入れるつもりでした。けれども、問題のひとは最初から嘘をつくし、「ブログに書いた以上俺らを入れろ」の一点張りだったので、そのプランは吹っ飛びました。該当エントリだけ読むとずいぶん違うふうに書かれているけれど、ま、いちおうぼくのほうからは、そう見えるということですね。

あ、それから、この点も記録のなかで(無意識に?)落とされているのですが、ぼくは本当にこの報告者の方はその当日まで知りませんでした。

ブログのプリントアウトを手にしていたのは、授業の直前にあるひとより、「今日東さんの授業に行くとネットで書いて話題になっているひとがいるが大丈夫か」とメールをもらい、そこにURLが書いてあったからです。それで慌ててプリントアウトしたのです。だから矛盾でもなんでもありません(と彼には幾度も説明したのですが、該当エントリでは抜けています)。(ちなみに、さらに正確を期せば、その前の週に「はてなでデリダ関係で東が間違っていることを証明できたら10万ポイントとか言っているひとがいる」という話は聞いていたのですが、あまりにくだらない話なので検索もしていませんでした)

だから、ぼくとしては、本当に、なぜ彼は「東さんは自分を招いた、自分に向けてエントリを書いた」と考えているのか、さっぱりわかりませんでした。いまでもわかりません。彼ははてな界隈では有名なのでしょうか。この点については、彼は単純に誤解をしているかと思います。

さて。

ぼくはどうもむかしから、男性にホモソシアルに好かれるというか、「東さんは拗ねているだけだけど、本当は俺のことを見ている」的に粘着的にまとわりつかれることが多くて、どうもこの性格は自分でももてあましている、というか困っているわけです。今回もぼくにはその一例に見えるわけですが、これを機会に少しははっきり記しておきましょう。といっても、そういうひとには、あいかわらず伝わらないような気もするけれど。

この世界には、ぼくが関心がもてないひとがたくさんいます。むろん、そういうひとの「存在」は尊重しますが、しかしそれは、ぼくのリソースを無際限に提供することを意味しない。そういうひとが来て、ぼくに話をしたり相手にしたりすることを強要したら、ぼくにその場の権利がある場合にはお帰りいただくし、ぼくに権利がない場合はぼくのほうが去ります。

したがって、リアルにぼくと話したいのなら、相応の礼儀と手順を踏んでください。興味があったら授業に来たら、というのは、だれとでもフレンドリーに相手をしますということではありません。たとえば、ブログでぼくのことを罵倒し馬鹿呼ばわりしていても、現実に会ったら肩を抱いて飲みに誘ってくれるとか思っているのだとすれば、それは妄想です。ワセブンシンポやゼロアカ、ネットスターそのほかのせいで、今年はどうも若い読者を中心にカンチガイが横行してしまったようなのですが、あれらはあくまでも期間限定、場所限定の演出されたお祭りであり、そしてぼくの振る舞いもお祭り仕様です。日常はそれとはちがいます。

授業はお祭りではありません。講義もまじめにやっていますので、じゃまされたくありません。お祭りにしか興味がないひとは、来てもお帰りいただきます。

それにしても、今回の件でぼくが唯一反省しているのは、結果的に井口時男さんにご足労願ってしまったところです。上記のひとが、「帰らない、ぼくには授業に出る権利がある」と粘るので、このままだとぼくも教室に入れないと考えてお呼びしたわけですが、正直、あれは格好悪かったw。

次回以降はひとりで対応したいものですね! ←違う

ちなみに、今年の東工大授業は例年になく思想っぽくなっています。けっこう楽しくなってきたので、来年度からは科目名を一新し、現代思想に絞った授業にしようかという気にもなってきました。

次回はドゥルーズ「管理社会について」に戻ります。

ミステリーズ!連載7註釈

ぼくはいま『ミステリーズ!』で、「セカイからもっと近くに!:SF/文学論」と題した連載を行っています。タイトルからして時評的なものと思われがちですが、じつのところは、ぼくがひさしぶりに書いている、けっこうまじめでオーソドックスなスタイルの(作品を素直に読解しているという意味で)文芸評論です。

さて、そんな連載なのですが、現在発売中の32号に掲載されている第7回、原稿が規定枚数を大幅に上回り、そのくせ校了直前の入稿で頁数の調整も不可能だったために、注部分がまるまるカットされています。そこで、ここに注部分のみ掲載します。できれば、『ミステリーズ!』32号とこのエントリを並べてお読みください。

そもそもこの連載、巻末に掲載であることからおわかりのようにつねにぎりぎりでの進行で、編集者さんに迷惑をおかけしています。今回はついに読者のみなさんにも迷惑をかけてしまいました。煩雑なことになってしまい、申しわけなく思います。

なお、以下の文章にはネタバレはないと思うのですが、ぼくはミステリの作法はよく知らないので、なにかミスを犯しているかもしれません。ネタバレに敏感な方はご注意ください。

『ミステリーズ!』vol.32、東京創元社
「セカイからもっと近くに!:SF/文学論」第7回
法月綸太郎と恋愛の問題(3)

註釈


「背信の交点」。法月綸太郎、『法月綸太郎の新冒険』、講談社ノベルス、一九九九年。


本文では検討することができなかったが、容子と穂波はじつは、作品世界内の時間ではほぼ同時に綸太郎のまえに現れている。そして彼女たちはじつに対照的な女性である。そもそも容子は非凡なミュージシャンで、穂波は公立図書館の平凡な司書にすぎないが、その対照性は描写でもより細かく強調されている。
本文でのち紹介するように、容子は美しく、社会的な成功を収め、誘惑的な魅力を備えた、綸太郎より優位の人物として登場している。それに対して穂波は、「不美人に見せようとして」「大きな黒い緑の眼鏡をかけている」「メイクは控え目」の女性である。彼女は「三つ編みに結んだ髪を後ろに垂らし」、「このまま閲覧席を埋めている女学生の中に紛れ込んでも、見分けがつかない」(法月綸太郎、『法月綸太郎の冒険』、講談社文庫、一九九五年、二三九頁)。容子は性的な魅力を隠さないが、穂波は隠している。二〇〇八年のジャーゴンで表現するならば、容子は「モテ」で、穂波は「非モテ」だと整理することもできるだろう。
したがって、法月の小説がのち容子よりも穂波を選ぶ(少なくとも、穂波とのあいだは容子とのように決裂していない)ことには、性的に見ると決して小さくない意味が隠れている。警視=母の庇護のもとでモラトリアムを過ごしている非モテ青年、綸太郎は、結局は容子には対峙できなかったのだ。


法月綸太郎、『ふたたび赤い悪夢』、講談社文庫、一九九五年、一七頁。


『ふたたび赤い悪夢』、五五六頁。


『ふたたび赤い悪夢』、六〇一頁。


『ふたたび赤い悪夢』、三五六−三五八、三六三頁。


『ふたたび赤い悪夢』、三六七、四〇七頁。後者は、正確には容子がジョン・レノンから引用した言葉。


『ふたたび赤い悪夢』、五七七頁。


『ふたたび赤い悪夢』、八五頁。

10
『ふたたび赤い悪夢』、五九一頁。

11
法月綸太郎、『二の悲劇』、祥伝社ノン・ノベル、一九九四年、三二二頁。
なお、本文ではほとんど検討できなかったが、『二の悲劇』は、綸太郎が女ではなく母を選ぶ物語、あるいは主人公が他者ではなく分身を選ぶ物語として読むとじつによくできている。
たとえば、容子の不倫の相手は、ほかならぬ警視と近い印象の男として描かれている。つまりは警視は、母としてだけではなく、ライバルとしても綸太郎の恋愛を阻んでいる。小説の冒頭近く、綸太郎と容子と警視は三人で小さなパーティを開くが、そこでもすでにその警視の役割は示唆されている(「いつまでたっても一人前になれないモラトリアム青年なんて、はなっからオトコと認めないわ。どこの誰とは言わないけど、法月警視と較べたら、それこそ月とすっぽんだわね」)(三五頁)。この小説のなかで、警視−綸太郎−容子(母−息子−妻)の三角関係は、綸太郎−容子−不倫相手(息子−娘−父)の三角関係にねじれて重ねられており、しかもそれらは、小説の軸となる殺人事件とそれをめぐる人間関係とも対応している。
ここではアイデアに止めておくが、そこで共通しているのは、綸太郎と容子を含めて、すべての登場人物が他者への直面よりも分身的な関係を選ぶというモチーフである。おそらくはそれが小説のタイトルの理由にもなっている。もしも誌面に余裕があれば、ぼくはこの『二の悲劇』という小説について、そこで容子の存在がどのように排除されたのか、その裏で働いた論理がどのようなものだったのか、そしてその排除の論理が『生首に聞いてみろ』にどのように継承されたのか、連載数回分の分量を使って詳細な議論を組み立てることもできるだろう。

12
法月綸太郎、『生首に聞いてみろ』、角川書店、二〇〇四年、一一−一二頁。
なお、この小説では容子の名が二箇所で言及されるが、法月はそのいずれにおいても、ここでの綸太郎の物語が「容子以後」であることをはっきりと記している。第一の箇所では綸太郎は、容子が彼に結婚を告げた電話を思い起こし、「ともかくそんなふうにして、彼は九〇年代の折り返し地点を通過した」と回想する(一二頁)。第二の箇所では綸太郎は、友人から「先輩に会いたがっている人」がいると告げられ、複雑な思いを抱きつつ容子を思い浮かべるが(「それを聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、久保寺容子の顔だった。——いや、久保寺じゃない。滝田容子だ」)(四五一頁)、その淡い期待は法月によってあっさりと、喜劇的な場面に仕立てられて裏切られることになる。

13
『ふたたび赤い悪夢』、三五七頁。法月綸太郎、『ノーカット版 密閉教室』、講談社BOX、二〇〇七年、三七七頁。

追記。なぜここで法月警視が「母」とされているかについては、誌上で本文をお読みください。

思想地図・扉文2

うちの娘はアニメが大好きなのですが、アンパンマンもプリキュアもまったく見ていません。かわりにYahoo!動画で「名探偵ホームズ」を着々と潰したり、『亡念のザムド』のPS3配信を心待ちにしたりしています(なぜかザムドは大好きです)。これは別に親の方針というわけではなく、なんとなくうちで育ったらそうなったというだけのことなのですが、はたしてこんなんで彼女は保育園で話が合っているのでしょうか。いささか心配になってきた東浩紀です。

さて、思想地図の扉文、第2弾を公開します。特別掲載の入江哲朗さんの文章についてです。

校了前日の慌ただしさに紛れていささか褒めすぎてしまった感じもしますが(笑)、とはいえ、またひとり注目株が現れたことは確かです。あとは入江くんが、がんばってくれることを祈るだけですね。

入江論文紹介

若き批評家のデビュー作をお届けする。著者の入江哲朗は一九八八年生まれの二〇歳。ここ数年、宇野常寛や荻上チキ、また本誌前号の福嶋亮大や今号の濱野智史など新世代の論客がつぎつぎ頭角を現しているのはよく知られているが、この入江はそのなかでも抜群に若い。なんといっても昭和六三年生まれである。あと一年で平成生まれだ。昭和天皇が病床に伏せっていた時代に生まれた批評家が、活躍する時代になったのだ。批評の言語も刷新を迫られるはずである。

とはいえ、そんな「新新世代」の評論としては、以下の文章はおそろしくオールドスタイルで、そしてオーソドックスな印象を与えるはずである。彼が論じるのはテレビドラマでもアニメでもライトノベルでもない。北杜夫と三島由紀夫である。平野謙や河上徹太郎の名前すら見える。その保守性を歓迎する読者もいれば、逆にそれに失望する読者もいるだろう。

しかし実際のところは、そのような固有名に反応する読者はいずれも本質を見失っている。注意深く文章を読み進めれば、入江がここで問うているのが、現代社会で超越は可能か、超越の機能を失ったあと文学はどのように生き残るのか、といったきわめてアクチュアルで、また(いささか下品な言い方になるが)「ゼロ年代的」な問題提起であることは明らかだ。誤解を避けるために付け加えておくが、これはべつに、評論の最後で筆者(東浩紀)自身の名が言及されるから言っているものではない。筆者の印象では、入江は筆者よりもはるかに強く蓮實重彦の影響を受けている。筆者はむしろ、入江が蓮實のあのいかにも八〇年代的な修辞と隠喩でゼロ年代の問題を考え抜こうとしていること、その倒錯にこそ感銘を受けたのであり、だから本稿の掲載を決めたのだ。筆者の著作への参照は、おそらくは入江なりのサービスだろう。

最後になったが、この評論の掲載の経緯を記しておきたい。入江はいまから一年前、第一回の論文公募課題、「日本語で思考することの意味を問う」に蓮實重彦論の要約で応募を試みてきた。残念ながら論文の構想は背伸びが目立ち、執筆依頼にはいたらなかったが、当時の入江はまだ学部一年生であり、将来への期待を込めて接触を保つことになった。早い話が、「いいものが書けたら送ってよ」とだけ伝えて、あまり期待せずに(というのもこういう場合、ほとんどのひとはそこで書くのをやめてしまうので)飯を奢ったり相談に乗ったりしていたのである。ところが入江は、春になっていきなり四〇枚の完成原稿を送りつけてきた。それがこの評論の原型である。そして筆者は、一読して完成度に舌を巻き、失礼を詫びつつ二号での掲載を即座に決定した。したがって本稿は公募論文ではない。しかし公募をきっかけとした投稿論文ではある。

入江は現在、東京大学教養学部に在学中の二年生。私的な思いになるが、その若さとデビュー作の反時代性、というかある種の「空気の読めなさ」は、筆者自身のデビュー作である「ソルジェニーツィン試論」をどうしても思わせる。一九九三年に「ソルジェニーツィン試論」を読んだ読者は、まさかその書き手がのちに『動物化するポストモダン』を書くとは思わなかっただろう(筆者自身も思わなかった)。だから入江の未来も、ぼくにはまったく予測できない。しかし、とりあえず現時点で才能があることは確かであり、その誕生の場に立ち会えて筆者は嬉しく思う。(A)

追記

このエントリを書いたあと、なにげなく「入江哲朗」でググったところ、北田さんのブログで思想地図次号の目次が公開されていることを知りました。ここです。ご参考までに。

思想地図・扉文1

ネットではいまひとつ宣伝が行き届いていない、というよりもなにも宣伝されていない気がする『思想地図』なわけですが、微力ながら売り上げに貢献すべく、特集などに付随した扉文を公開していこうと思います。論文の内容紹介にもなりますし。

以下は、第二特集「インフラ・コミュニケーションの胎動」への扉文です。なお、実際の内容は、最終段階で赤字を入れているため多少以下のものと違う可能性があります。

第二特集 インフラ・コミュニケーションの胎動
扉文

なぜ特集が二つあるのか。むろん特集はひとつでありたいところだ。にもかかわらず、ここに第二特集が設定されたのは、「ジェネレーション」の名のもとに座談会を企画し論文を集めるなかで、そこに、テーマとしての「生成」や「労働」や「世代」とは別に、それら主題の地平と交わりながらも、しかし微妙にずれるかたちで方法論の問題が立ち上がってきたように思われたからである。濱野論文や西田論文が示しているのは、労働や生成の新しい問題というより、むしろ労働や生成についての新しい語り口なのではないか。その直感からこの第二特集の企画は始まった。したがって、この第二特集は第一特集と密接な関係をもっている。

この特集には二つの論文と二つの座談会が収められている。濱野智史は一九八〇年生の情報社会研究者。この秋に刊行された『アーキテクチャの生態系』が話題だが、収録論文はその射程をさらに深化させた力作である。西田亮介は一九八三年生の大学院生(慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程在籍中)。西田論文は当初は第二回公募課題(「現代社会に選良は必要か」)への応募論文だったが、編集部の判断で特集枠での掲載とした。濱野と西田には、特集全体の方向性を示す座談会「ソシオフィジクスは可能か」にも出席してもらっている。

かわって特集の最後を締めるのは、小説家・批評家の笠井潔(一九四八年生)、法学者の大屋雄裕(一九七四年生)を招いての座談会「再帰的公共性と動物的公共性」。笠井には『国家民営化論』、大屋には『自由とは何か』というともに自由と権力の関係を主題とした著作があり、本来は現代社会における生権力/環境管理の諸問題を議論する予定だったのだが、終わってみれば、社会とはなにか、主体とはなにかをめぐり、ちょうど濱野・西田座談会と対照をなす内容になったのではないかと思う。むろんそれは、一方が正しく他方が誤っている、あるいは一方が新しく他方が古いといった話ではない。玉虫色の発言に聞こえるかもしれないが、『思想地図』の狙いは、まさに動物的公共性と再帰的公共性の「あいだ」を行くことにあるのである。東浩紀と北田暁大が二人で編集を務めるというのは、つまりはそういうことなのだ。

なお、「インフラ・コミュニケーション」という言葉は、濱野の造語である。変則的な掲載になるが、その意図を以下で濱野自身に記してもらった。(A)

中途半端な告知

結局、東工大の授業に歴史認識問題を問いただす学生などだれひとり現れず、それどころか先週はいたゼロアカ生さえすっかり消え、いささか拍子抜けした東浩紀です。

つまりは、あいつらにとっては東浩紀はネタでしかないんだよなあ、とあらためてコミュニケーション志向社会の現実に思いを馳せてしまったりしました。まあ、ぼく自身はそんなネタ化のおかげで得もしているので、トータルでは喜ぶべきなのでしょう。授業の準備のため高橋哲哉とカール・シュミットを読み直したらあらためて発見があったりして、これはこれでよかった。東工大の授業は、「ポストモダンと情報社会」というお題目などどこへいったのやら、来週はデリダの「法の力」について話したりします(少しだけど)。

しかし、授業に一回も出ないで、忘年会だけ潜り込もうとかいう連中は、そろそろ排除するべきかもしれんですねw。

さて、本題。ひさりぶりにもろもろ告知しておきます。これでも抜けがあるのですが、とりあえず。

・『思想地図』、今月末に第2号が発売されます。ちゃんと作ってたんですよ! 
・『新潮』の「ファントム、クォンタム」は次回で第一部終了です。
・『ミステリーズ!』の連載次号は法月綸太郎編の最終回。この次からは押井守編に入る予定です。
・『文學界』の連載はあいかわらずの調子で続いています。
・次号の『SIGHT』連載は落としました。すみません!>関係者各位さま
・『アニメージュ・オリジナル』vol.2で山本寛氏と対談しています。
・『ユリイカ』初音ミク特集号で座談会に出席しています。じつはこの座談会のときは高熱が出ていました。ぼくにしては話していないのはそのためです。
・日本SF大賞の選考を行いました。今回は選考委員の意見が二分されたので、選評をお楽しみに。
・早稲田文学新人賞の締め切りが迫っているはず。応募希望者はがんばってください。
・西尾康之という現代美術作家の作品集にテクストを寄せました。
・『ザ☆ネットスター!』1月号に出演します。そのロケで母校筑波大学附属駒場高校にも行ってきました。なんで母校に、というのはわかるひとにはわかるはず。そう、あのネタです。
・12/30夜に、エクス・ポナイトに出演します。萱野稔人、鈴木謙介両氏との鼎談。
・1/28夜に、「思想地図」のシンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」を開催します。詳細はググってください。
・1/31, 2/3, 2/17に朝日カルチャーセンターで講義を行います。これもそれぞれの題目はググってみてください。

歴史認識問題についていくつか

ゼロアカの話題はしない、と記して幾歳月の東浩紀です。そんな方針は変わらないのですが、今日(12月1日)の日本経済新聞夕刊文化欄(最終面)に、大きくゼロアカの記事が掲載されていることぐらいは知らせておこうと思います。これはやばい。福嶋亮大や宇野常寛のコメントまで載っています。

門下生のあるチームも、ばーんとでかく写真が掲載されています。これは変なファンがつくかも。東工大の授業でも顔を合わせているゼロアカウォッチャーも、何人か写ってますねw。

といったところですが、その東工大の授業に関して、最近はてな界隈を賑わせているらしい標題の件について、いくつか記しておきます。当該の話題をご存知ない読者は、飛ばしてもらってけっこうです。

ちなみに、ぼくは最近、2ちゃんねるもはてなブックマークもなにも見ていません。精神の健康によくないからです。ですから、この件がはてなで話題らしいというのは、先週の授業のあと学生から直に聞きました。そういうわけで、ここでは伝聞を根拠に「こんなこと書けばいいのかな」ていどのことを書いているので、もしかしてブログ論壇的には的外れなのかもしれません。ただ、そもそもはこれはだれかに反論するためではなく、ぼくの立ち位置を明らかにするためのエントリなので、これで勘弁を。

ぼくはただ、ネットでぼくの話題を追っているひとが、ぼくにとってけっこう重要なこの問題について、不正確な引用だけを根拠にぼくの立場について誤解してしまうとまずいと思ったので、書くだけです。

というわけで、あらためて。

1.私的信念について

東浩紀は南京大虐殺は(規模の議論はともあれ)あったと考える。
これは随所で公言している。

2.公的真実について

東浩紀が「リアルのゆくえ」および今年後期の東工大の授業で展開している主張は、下記のとおり。

A.いまの日本社会に、南京大虐殺があったと断言するひとと、なかったと断言するひとがそれぞれかなりのボリュームでいるのは事実である(この場合の南京大虐殺は例)。

B.ポストモダニズム系リベラルの理論家は、「公共空間の言論は開かれていて絶対的真実はない」と随所で主張している。

C.だとすれば。ポストモダニズム系リベラルは、たとえその信条が私的にどれほど許し難かったとしても、南京大虐殺がなかったと断言するひとの声に耳を傾ける、少なくともその声に場所を与える必要があるはずである(この場合の「耳を傾ける」=「同意する」ではない)。

C'.逆に、もし「南京大虐殺がなかったと考えるなどとんでもない」と鼻から言うのであれば、そのひとはもはやポストモダニズム系リベラルの名に値しない。

C''. むろん、上記の主張は、右と左を入れ替えても言える。

D.ポストモダニズム系リベラリズムの立場とは、このようにハードで、ときに自己矛盾を抱えかねないものなのだ。

3.デリダについて

デリダが上記のような主張をしたとは、授業ではひとことも言っていないし、ぼくもそんことは主張するつもりはまったくありません。それは単純な誤解、というか速記の恣意的な読みこみです。したがって、「東浩紀のデリダ解釈がおかしい!」とか言っているらしいひとは、単に的を外しています。この点については速記者(id:nitar)に確認をとってもらってもけっこうです。

4.付録

ちなみに、ぼくは90年代前半に南京に旅行で言ったことがあります。同じ時期にアウシュヴィッツにも行きました。アウシュヴィッツ(ビルケナウ)にはまだ人骨が転がっていました。ぼくは、そのとき手で掬った灰の感触をいまでも覚えている。他方、南京のほうはといえば、記念館は意外に小さな作りで、しかもなかの資料は本多勝一の著書からの孫引きばかりだった(具体的には多くのパネルが本多の著書の拡大コピーだった)。これ、いささか政治的にやばそうな話だし、おまえの記憶違いだとか言われるとなにもこちらも証拠がないのでいままであまり書いたことがなかったのだけど、とりあえずぼくの記憶としてはそうです。ちなみに、東工大の授業でもこの話はしたのですが、速記者に言ってオフレコにしてもらいました。

だから、きわめて私的な印象として、ガス室の有無はぼくとしては疑いえない。そりゃむろん、ポーランドのクラコフ郊外にあるあの膨大な敷地がすべて偽物でトゥルーマン・ショーだったといわれればどうしようもないけれど、そうでないかぎりで疑いえない。けれど、南京大虐殺の有無についてはそのような強い実感がない。

これがなにを意味するかといえば、もしかりにこれから、「ガス室はなかった」「南京大虐殺はなかった」キャンペーンが大々的に始まったとして、ガス室については、ぼくは死ぬまで「じゃあ、あの俺がみたものはなんだったんだ」と思うことができる。けれども、南京についてはそんな思いは残らない。だから、ぼくは転向するかもしれない。それは弱さだけれども、しかし、南京まで出向いたあげく、ぼくの心のなかにそういう差異が生まれたことは否定できない。南京まで行って出会えたのは本多勝一だった、この失望は決して浅くない(ちなみにぼくは中学生当時の教師の影響で、本多勝一の朝日文庫はほとんど読んでいます)。むろん、それは虐殺の事実性に疑いを挟ませるものではない。それはむしろ、単純に当時の中国政府の余裕のなさ、というかある種の怠慢を意味しているだけなのかもしれない。それに、いまでは状況はかなり違うだろう。きっと新資料などもあるのだろう。しかし、いまよりも事件に近かったはずの、90年代の状況がずいぶん違ったことは事実です。

以上、これは基本的には本題に関係がない、というより、むしろますますぼくへの不信感を呼び、こんどはこっちの文章が根拠に叩かれるかもしれない私的な感想ですが、ぼくがただ適当に南京大虐殺の例を挙げていると思われたらいやなので、書いておきます。それに、歴史的真実が云々というのならば、ぼくにとっては、まず20歳代のときの以上の体験が「真実」です。

それにしても、前々から思っていたのだけど、右でも左でも、ネットや2ちゃんねるで歴史認識問題についてアツく語っているひとの、どれくらいが強制収容所のあととか南京の資料館とかに足を運んでいるのでしょうか。かくいうぼくも、別にバックパッカーで世界放浪とかいうタイプではないから偉そうなことは言えないのだけど、学部生のころは韓国にも中国にもドイツにもポーランドにも沖縄にも行って、半世紀前の記憶のあとをしみじみ辿ったりぐらいはしました。ネットだけで「歴史の真実性」について叫んでいるひとを見ると、やはり(デリディアンとしてこんなことは言いたくないけど)、文字情報の相対性や弱さに単純に無自覚なように見えてならない。「リアルのゆくえ」でぼくがいったのは、そんなふうに文字情報ばかりで構成された世界観など、文字情報によってすぐひっくりかえるのだから、少しはみな自重したほうがいいのではないか、ということです。

5.付録の付録

文字情報ばかりといえば、はてなブログでは、ぼくが公認してもいない速記の断片的引用ばかりがコピーされ「東浩紀、許さん!」とか言われているらしいのだけど、上記のように、ぼくからすればそれは授業の内容についても僕の立場についても明らかに誤解している。そもそも、そんなに真実が大事だと思うのならば、そのかたがたは実際にぼくの授業に来て質問したらいいのではないでしょうか。

PS
投稿して二時間ぐらいたって、本多勝一氏の「本多」を「本田」と変換していたことに気づきました。ここに訂正しますが、むかしはこういうとき、2ちゃんねるとかはてなとかですぐタイポが指摘されていたので、逆に安心だったんですよね。なにも見ないのも、むしろ厳しいものです。

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