2000年の近況たち


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このページには、2000年8月16日から同年末まで、「経歴と近況」ページの「より近況」欄に書かれた文章が保存されています。


2000.12.18

すっかり滞っている網状言論の更新だが、『戦闘美少女の精神分析』をめぐる討議が尽くされたわけではない。単純に僕の怠惰で話が止まってしまっているだけで、来年頭にでもまた再開したいと思っている。そんななか、『戦闘美少女』の増刷が決まり、そのお祝いを兼ねて網状言論のメンバーで忘年会が開かれた。以下がその記念写真で、左から、竹熊氏、永山氏、伊藤氏、僕、そして斎藤氏。僕は髪型が変わったせいか、とても上[当時の経歴欄]の写真と同一人物とは思えない。困ったものだ。いろいろ盛り上がった話の内容は、またウェブでの討議に活かされることになるのだろう。ところでちょうどこの忘年会の時間、会場のすぐ近くの渋谷駅東口ではまたもや少年犯罪が起きていたのだが、それはやはり斎藤氏のオーラのせいだったのだろうか?

[網状言論忘年会・記念写真]

2000.11.29

すっかり更新の間が空いてしまった。この2週間は少し体が空いていたが、それもCD-ROM作りなどに追われ、いつのまにか過ぎていったようだ。

そのCD-ROMだが、思ったより好評だったので、付録ディスクを付けた2枚組も用意することにした。青山ブックセンターの講演は、最後にオタク系検索エンジン「TINAMI」の統計資料で終わっていたが、時間の問題もあり、その部分はいまひとつ分かりにくかったらしい。そこで、そこの部分を補うべく、話題が一部重なっている講演「ADDICTIONの3つの層」と、オタク系図像の現状をテーマとしてTINAMI管理人・TINAMIX編集部と語った対話を、別のディスクに入れて提供することにした。少々話がマニアックになりすぎた感もないではないが、これで議論がぐっと具体的になったと思う。しかし、2枚合わせたら、なんと4時間半の映像が収められている。圧縮技術の進歩に感謝。12月半ばまでにはリリースできるだろうか。

ほか最近印象に残ったことといえば、nibrollのダンス作品(「駐車禁止」、六本木オリベホール)を見たこと。nibrollはポスト・ダムタイプとの評価も高いらしいが、その期待を決して裏切らないものだったように思う(ダムタイプの新作については口をつぐもう)。内容についてもいつか考えたいが、それにしても、途中、映像で溝の口駅前商店街がえんえんと映されていたのには驚いた。なぜ溝の口? nibrollのスタッフは溝の口に住んでいるのか? 近所じゃないか。


2000.11.16

先月のサイン会に始まり先週末の「ルネサンス……」まで、なんだかんだと多忙で、今週はようやく一休み。最後のほうは疲労が顔にも出ていたようで、先日行ったインタヴューでは、質問者の方から「徹夜明けですか」と言われる始末。目の下が変に腫れているので病院に行ったら血液を採られるし(10年ぶりの採血だった)、僕にしては珍しい状況だ。とはいえ、どう考えても体はそんなに酷使していないはずだから、やはりこの疲労は精神的なものなんだろう。そうでなければ、体が弱くなっているのか。やはりスポーツしかないのか。

ところで、前回この欄で発表したCD-ROMの企画は意外と好評だった。希望者が100人を超えたので、それなりに気合いを入れておまけ映像(ほかのトークショーなど)をつけた特別版も作ることに。といっても、どうせ家庭用ビデオで撮って、僕がiMovieでテロップを入れるだけなので映像にはそれほど期待しないように(笑)。商品は講演の中身です。

しかしそれにしても、インターネットに功罪があるとはいえ、講演やトークショーをこのように直接「売る」ことができる環境が整ったのは、やはり素晴らしいことだと思う。いま言論(論壇や文壇、アカデミズムを含めて)に力がない、言い換えれば言論に才能が集まって来ないのは、ひとつには、言論人が言論を「商品」とする回路がきちんと開けていないからだ。いまのような複雑な社会では、講演やトークショーを企画したとしても、そこに来る客層はあらかじめ決まってしまう。程度の差はあれ、印刷媒体も似たような限界を抱えている。そしてそういう環境では、発信者でも受信者でもなく、流通業者こそが決定権を握り、またそれを振り回すことになる。先鋭的な「業界」と、それにくっつく大衆というくだらない図式ができるわけだ。

しかし、インターネットのような回路をもっていることは、そういう場所で仕事をしていても妙な開放感を与えてくれる。最初から数百人だけを相手にすればいいインターネットでは、逆に「客層」という存在を考えなくていい。これは逆説的に響くかもしれないが、趣味の共同体が均質な集団として立ち上がるのは、せいぜい数万、数十万のオーダーになってからだ。数百人は確かに狭い。しかしそのオーダーの人々を相手にしているときは、個別性が見えるぶん「客層」なるものを考えなくていい。僕は講演のあとで聴衆と話をするのが好きで(とりわけ「ルネサンス……」のロビーは熱かった!)、これからもそういう機会を積極的に作りたいと思っているのだが、その理由は、そういうとき話をしていると、僕の客層が現代思想なのかオタクなのか、ハイカルチャーかサブカルチャーか、といった問いが無意味に思えてくるからだ。そこには個人がいるだけで、別に典型的なオタクや典型的なニューアカがいるわけではない。これは当たり前のことだが、印刷媒体で妙に位置が定まるとそんなことすら忘れてしまう。インターネットというオプションの存在は、いつもその当たり前のことを思い出させてくれる。僕は日本の言論人は、もっともっとネットに親しんだほうがいいと思う。それは経済的には大したメリットにならないかもしれないが、言論の流通に対する感性そのものを変えてくれるはずだ。


2000.10.30

かねてよりあちこちで書いているように、僕はこの国の言論一般を覆っている座談会文化やシンポジウム文化に多いに疑問がある。僕の考えでは、どんな場でも、あるテーマについてある一定の時間でちゃんと情報を与えること、それが最も重要であり、言論人として最低の倫理だ。しかし実際には、このような考えを活かせる機会は意外と少ない。たいていの座談会やシンポジウムで求められるのは、もっといい加減な、よく言えばファンサービス、悪く言えば適当な雑談でお茶を濁す時間潰し(紙面潰し)であり、こちらが真面目にやればやるほどバカに見えることが多い。むろん、少なからぬ観客や読者がそのような時間潰しを求めていることも事実であり、その期待はそれなりに尊重せねばならないのだろう。とはいえ、それは僕自身のやりたいことではない。そこで僕は機会があれば、安直なお喋りではなく、きちんとした講演を行いたいと前々から思っていた。

そういうわけで、23日に行った青山ブックセンターでの講演は一種の宣言でもあった。実際には、一時間半分の草稿を用意し、図版も作り……となると、これはやはり大仕事だ。しかも、観客の大半がそういうトークを予期していないのだとすれば、決意も挫けてくる。しかし僕は、ここでそういう講演を演出できなければ、いつまでたっても、この国のファンサービス的な文化に「疑問を覚える」だけで終わってしまうと感じた。浅田彰と福田和也の棲み分けをあれだけ批判してきた以上、僕にはやはり、何らかのアルタナティヴを提示する義務がある。僕は先日の講演では、その義務の一端を果たしたつもりである。むろん、それは最初の一歩に過ぎないのだが。

会場にいらっしゃった方はご存知のように、僕は今回の講演では、きわめて真面目に、『不過視なものの世界』を支える僕なりのポストモダン像、そこで考えられる文化分析の方法をめぐって講演を行ってみた。僕的には満足の行く水準で話せたと思うが、観客がどう思ったかは分からない。しかし、何人かの観客の頭のなかが少しでも整理されたのなら、僕はそれで満足だ。僕は、読者や観客の頭のなかを整理することを商売にしている。そんなものは商売にならないのかもしれないが、少なくともそれを理想としている(僕が村上隆に共感しているのは、彼も似たような難しい理想を抱いているからだ)。そういう自分の本来の方向を再確認できた点で、今回の講演はまったくいい機会だった。

問題の講演については、ヴィデオですべての記録が撮ってあり、関連資料もつけ、近いうちにこのサイトで希望者への頒布を始めようと思う(申し訳ないのだが、無料で配る経済的余裕はないのでそこは協力してほしい)。『存在論的、郵便的』から、『不過視なものの世界』を経て、来年発売の次著にいたる問題意識を知りたいひとびとにとっては、格好の素材になるはずだ。僕に対してはあちこちで批判がなされており、そのなかには頷くべきものも少なくない。しかしそのなかで決定的に間違っているのは、東浩紀はもともと理論的でハイエンドな仕事をしていたが、現在はこのポストモダン社会の現実に対応するために「譲歩」を行っている、そこがダメだ、という理解である。実際には、僕はいちども理論的に譲歩などしたことはないし、『存在論的』におけるデリダの読解は、そのまま次著のポストモダン論に、そしてサブカルチャー論に結びついている。青山講演を聞いていただければ、その繋がりは多少とも分かっていただけるはずだ。当日会場にいらっしゃることができず、かつ、『存在論的』と『不過視なものの世界』の(見かけの)ギャップを不可解に思われている方は、ぜひいまからでも聞いていただきたい。

ところでそのように講演を真剣に準備したことはよかったのだが、それは当然、ほかの仕事を圧迫することにもなった。19日のサイン会には「20471120」本店のリニューアル・パーティが重なり、翌日には筑波でトークショーが、さらに21日には知人の結婚式と講演近辺は妙に多忙で、その結果、筑波に向かう列車のなかでノートパソコンで講演草稿を書くような、ふだんの怠惰な生活では考えられないハードなスケジュールがやってきた。この1週間このサイトの更新が滞っていたのは、実はその反動ですっかり呆けていたからだ。むろん、これは自慢できる話ではない。こんなことではとてもこれからやっていけない、というか来年の『ユリイカ』連載すら危うい。この点で、しこしこと『存在論的』を書き溜めていた院生時代に比べいまの僕が怠惰になっていることは確かで、それを批判されても返す言葉はない……。体重も不気味に増えてきているし、そういう怠惰を防ぐためには、やはり身体から鍛え直すしかないのだろうか?


2000.10.15

10日ほど前に、この欄でソーカル事件のことについて触れた。そしてポストモダニズムについて詳しくは今度の論文を参照してほしい、と記したところ、なぜか勘違いされ、「ソーカルについて書くんですね!」というメールを幾通か受け取った。そのなかには今度は「ソーカルやサイエンス・ウォーズなどに関わらないで思索に没頭しろ」という意見のものもあり、まったく何をやっても文句を言われるものだと疲労を深めたが、それはそれとして、あらためて明確にしておくが、僕の今度の「ポストモダン再考」は決してソーカル論ではない。むしろ80年代論に近い。変な期待はなさらないでほしい。

ところで前にも記した『誤視覚化論』第3章の連載だが、『ユリイカ』2001年2月号からの短期集中掲載が正式に決まった。NTT出版と青土社の好意に感謝したい。掲載時のタイトルは「過視覚化された想像界」となる。

  1. ポストモダンの表象分析
  2. 概念化された媒体
  3. 超平面的世界、不気味なもの
  4. 生きられた時間からアニメートされた時間へ
  5. 複製技術時代のオーラ
  6. (未定)

以上の6節からなり、150枚から200枚くらいの分量が予定されている。現代美術とアニメが主な参照項になり、想像界(見えるもの)と象徴界(見えないもの)の近代的関係が崩れたあと、想像界がどのような変容を被ったのかが主題になる。『不過視なものの世界』の制作でハリウッド映画に関しては原則的に一切の図版が借りられないことが分かったので(僕はこれは深刻な問題だと思う、日本の配給会社や代理店は少し対応を考えるべきではないか)、ハリウッドの映像については今回は触れない。

ちなみにいま僕が最も楽しみにしている映画は、クリント・イーストウッド監督・主演の『スペース・カウボーイ』、続いて『インビジブル』と『X-MEN』だ。特に『X-MEN』はどうなることやら……。(10.16修正)


2000.9.4

*今回より「だ・である体」」に変更

8月の豊作に比べて、9月はあまり収穫がなかった。近所にうまいパキスタン料理屋を発見したり、部屋の模様替えをしたりで終わったような気もする。あとは、対談集の出版に向けて増える雑用。一向に進まない『誤視覚化論』だが、書き下ろし部分の第3章を来年から某誌で集中掲載しないか、という話がいま進行中で、それが決まればようやく原稿が動き出す……はず。

ところで先月から今月にかけて、『「知」の欺瞞』(アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン著、岩波書店)の出版を契機としたポストモダン批判に対して何か書け、ポストモダニズムを擁護せよ、というメールを何通かもらった。簡潔に態度を表明しておくと、僕は基本的にソーカルたちの指摘は正しいと思う。まず、ラカンやドゥルーズが不適切な科学的隠喩を頻繁に用いていたことは間違いない。そして、その特徴そのものが思想家としての重要性を下げるものではない(もしそうならプラトンはどうなる)としても、彼らがその疑似科学的なイメージを巧みに利用して勢力を拡大したこともまた疑いえない。日本でも、そのようなトリックは80年代の多くの知識人に受け継がれた。この点は批判されるべきである。

しかしとはいえ、この認識は決して「ポストモダニズムを忘れよう」という立場には結びつかない。そのような軽薄な発言は、「これからはポストモダニズムだ」と言っていた80年代の論者たちと変わらない。むしろ僕の考えでは、ポストモダニズムが終わったいまだからこそ、その流行の意味について冷静に考えなおさねばならない。つまりは、ポストモダニズムが今世紀後半に栄えた疑似科学のひとつ(もうひとつがニューエイジだと言える、フランス現代思想とニューエイジ思想は双子のような存在だ)だったのはいいとして、そのうえで、「ではなぜその疑似科学が必要とされたのか」があらためて問われねばならない。このような過去の総括は、また思想の未来を見通すうえでも不可欠なことだ。詳しくは次号の『アスティオン』に掲載される評論、「ポストモダン再考」に書いたので、そちらを見てもらいたい。

なおこの評論は、「棲み分ける批評」の続編としても書かれた。2000年代のいまになって80年代を総括するのはなかなか気が滅入るが、いわゆる「ニューアカ世代」がこの10年間何もまともなことをやってこなかったため、借金はたっぷりと残っている。(9.27記)


今度の対談集にも所収される山根信二氏との対談「コンピュータ文化なき日本」が韓国語に翻訳され、掲載誌が送られてきました(『Japan Forum』誌第45号)。これが韓国語になった対談です。おおお。


2000.8.31

『誤視覚化論』の執筆は予想どおり(笑)あまり進みませんでしたが、この夏はいろいろ収穫がありました。なかでももっともインパクトを受けたのが、村上隆氏がワンフェスで発表した1/1フィギュア『S.M.P.ko2』のB形態。これはすばらしい! 現時点では村上さんのマスターピースと言っていいと思います。ところが日本では8月20日だけの公開で、数日後にはアメリカに空輸されもはや帰国の予定はないとのこと。日本の美術業界はそれでいいのか……。あとの収穫は、剣乃ひろゆき氏のADVゲーム『YU-NO』(エルフ)とグレッグ・イーガンの小説『順列都市』(ハヤカワSF文庫)。両方とも(とくに前者については)何をいまさらと言われそうですが、僕はそういうリズムでしか作品の良さを発見できないのです。『YU-NO』とイーガンについてはいつかどこかで書きます。教えてくれた佐藤くんと根津さん、巽孝之・小谷真理夫妻に感謝!


2000.8.16

先月ついに自室にクーラーを入れ、頭がすっきりしました。にもかかわらず『誤視覚化論』のほうは、構想ばかりが膨らむ一方で原稿は一向に進んでいません。実際、連載そのほかの原稿を書いていると、どうしても1980年代やポストモダン思想の再検討を迫られ、なかなか思考が先に進まない。もう2000年代だというのに、いまだに80年代のことを考えねばならない自分の境遇(というか性格)に怒りも覚えてきました。でも今度の『アスティオン』にポストモダン論をひとつ書くので、その厄払いもこれで済むはず?




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