伊藤です。ここまでのやりとりを拝見して、ある種のもどかしさをずっと感じてきました。各人が、おそらくは同じ対象を、それなりに近い位置から考えようとしているのに、どうしても齟齬が見えてしまう、そんなもどかしさです。そして、それをクリアに整理することの困難さを感じているわけです。
斎藤さんは一方で
オタクはオタクを演ずるもの、という部分はないでしょうか。「新人類」はこうした「病識」に乏しかったような気がしますが、オタクは自らに関わる幻想に、かなり自覚的なひとが多いように思います。
と指摘し、さらに
オタク」と「オタクという幻想」は、一種のフィードバックループを介してカップリングされ、自己生成的に変容する存在として私には見えるからです。
と正しく分析しているのにもかかわらず、他方で
私の関心事はあくまでも、オタク共同体から「戦闘美少女」という表象物が生成してくるプロセスです。
と宣言している。ここに僕は斎藤さんの内部に矛盾を感じるのです。
「オタクはオタクを自覚的に演じ」おり、かつその「演じる」ためのモデルが「幻想」であるとしながら、「オタク共同体」というものを自明な前提としている。この一点に疑問を感じざるを得ないのです。それはおそらく、東さんや竹熊さんも同様でしょう。
さらに、斎藤さんは何人かの方の実例から「普通のオタク」像を抽出しようと試みておられます。その段になると、どういうわけか彼らの「オタクとしての自己申告」をひじょうに忠実に記述することに終始しているように思えるのですね。
もしここで、「オタク」と「オタクという幻想」の両者を見据え、相互の関係を見ようというのでしたら、「オタク」を自称する者の「自己申告」を額面通りに受け取ることには、よほど慎重になる必要があるのではないでしょうか。この一点で、斎藤さんが実際の「オタク」と接するとなると、突然、ナイーヴになってしまうように見えるのです。
さらに言えば、「オタク共同体」なるもの(正確には共同体幻想)は、当のオタクの「自己申告」のなかからしか立ち現われないものなのではないでしょうか。斎藤さんのまとめによる「現象としてのオタク」は、ほとんどすべて「自己申告」に基づくもの、つまり、彼等の自己イメージに規定されてしまっているという問題をはらんでいると思います。そこで我々は、彼等の自己イメージについて語るべきなのか? 僕はそうは考えていません。「オタクの自己申告」に囚われている限り、事の本質は見えてこないように思うからです。それはなぜか。彼ら「オタク」という自己規定をしている者は、真の意味では自己の姿を見まい/見せまいとしていると考えているからです。
オタクという主体について、そう考えるに至った根拠についてはまた今後、明らかにし ていくとして、まずは斎藤さんの期待に答えようと思います。自己分析です。
僕は'67年の生まれです。つまり、15歳のとき'82年ですから、まさに「私と戦闘美少女」という語りが可能な年代です。
'83年、高2の夏の話をしようと思います。
大友克洋の『童夢』が出版され、『超時空要塞マクロス』が放映された年です。そして、私的には「戦闘美少女」を発見し、そしてすぐに捨て去った年であるわけです。
夏休み、文化祭の準備ななにかで学校に出てきていたときのことと記憶しているのですが、僕はそのころ出入りしていた放送部の雑記ノートに、かわいい女の子が半裸の身体に防具をつけ、剣を持っているという、まさにティピカルな「戦闘美少女」の絵を描いていたことがあったのです。
それまでもかわいい女の子や男の子の絵はちょこちょこ描いていたのですが、その1月程前、──自分でもよく覚えているものだと思うのですが──7月の前半の頃にこうした「戦闘美少女」の絵を描くとなんかすごくいい気持ちになるということを発見して、それからどんどんそうした絵を描いていたと。設定とかも自分であれこれ考えて順調に描いていたわけです。
僕としては新しいサブカルチャー・アイテムをひとつ手に入れたくらいの意識でいたわけです。さらに、それははっきり性的なものと結び付いていました。率直にいえば「抜いて」いました。
ところが、その日、横にいた友人──本人が実名を出してもいいというので実名ですが──加藤くんという友人が僕の「戦闘美少女」の絵を見て、即座に「そういう絵は趣味が悪い。そんなものを描いている奴は友達のいないような奴ばかりだ」というような意味のことを言ったのですね。
この一言は効きました。
それまで、ひじょうに順調に戦闘美少女や少年の絵を描いてきた僕は、ここで転向を余儀なくされるわけです。一気にそうした図像への欲望自体が「恥ずかしい」ものになってしまったわけです。それまで、自分のなかではサブカルチャーのカッティング・エッジに位置付けられていた戦闘美少女が、一気に「恥ずべきもの」に転落してしまったのです。
さらに、その後、加藤くんは書店でみかけた戦闘美少女モノの先駆的漫画である阿乱霊の『いつまでも どこまでも』を手に取り、「ああ、この人もきっと友達いないんだろうな」と言うという暴挙(笑)に出るわけです。
この文章を書くために、彼に「あのとき、君、なんであんなことを言ったの?」と問うたら、「そう言ったこと自体を覚えてないけど、でも俺って失礼なヤツだよな。そんなことをわざわざ言うヤツの方が友達いないじゃん」と、反省しつつも笑っていたのですが、この一連のエピソードは、「戦闘美少女」という表象を考える際の手がかりにひじょうに富むものだと思うのです。
その要素を列挙してみます。
ここで、3項目には若干、説明が必要でしょう。
この加藤くんの一言以来、僕は本気で(本気で、ということを強調します)戦闘美少女が「恥ずかしく」なってしまったのです。これは「こんなものが好きであることを知られたら恥ずかしい」という感情であるのですが、非常に内面化したものでもあったわけですね。単に「世間にバレなければいい」というわけではなく、本気で「こんなものに魅かれる自分はダメなのだ」というくらい強く恥じていたわけです。無論、思春期にありがちなセクシャリティの悩みとも密接に絡んでくるものですが。
しかし、ここでまず言いたいのは、「戦闘美少女の精神分析」を考えるときに、オタク的主体だけを対象に考えただけでは不十分ではないのか? ということです。「そんなものを描くヤツは友達がいない」と嫌悪を表明した加藤くんの側の心理もセットで考えるべきではないのか? ということです。
加藤くんは現在、中央線沿線に住み、一児の父で中古レコード店でお気に入りのアナログ盤を探すのを無上の楽しみにしているような人物です。よき家庭人であり、よき社会人であります。当時から「ロッキン・オン」を読み、僕の「戦闘美少女」にコメントをしたのと前後して、セックス・ピストルズやレッド・ツェッペリンを山のように聴かせ、僕のロック・ファン化を促した人物であるわけです。
この夏以降、僕は「戦闘美少女」に代表されるようなオタク的図像を見たり、描いたりすることを一気に抑圧します。しかしそれは「抑圧」であって、戦闘美少女への欲望──いまの言葉でいえば「萌え」──がなくなったわけではない。事実、その年の暮れには平野俊弘の『無敵少女ラミー』(タイトルから分かるように戦闘美少女モノですね)の単行本を購入しているわけです。
その際、もう本当にエロ本を買う以上に恥ずかしく、花輪和一の『月の光』と一緒に購入したことを記憶しています。そのときの本屋のレジ前のカーペットの色や糸のほつれを、現在でもまざまざと思い出すことができることからすると、やはりよほどの決心が必要だったのでしょう。何度も何度も買おうとトライした記憶もあります。
他方で、僕は加藤くんと輸入盤屋に行ってニューウェーヴの外盤を買うようになり、大学に入った頃には一見、オタク的なものを欲望しなくなっていたかのように見えていました。しかし、それは単に「抑圧」であって、なくなってしまったわけではありません。
'87年当時の僕は、欧米のインディ・バンドのレコードを聴きまくり、元コンパニオンでワンレン・ボディコンの彼女がいて、一張羅ではあるがDCブランドの服も持っている。さらに毎週、ニューウェーヴ・ディスコに出かけ、閉店まで踊り、そのまま朝まで友人たちとビリヤードで遊び、次の日の授業は出られない……という奴でした。実際にはビリヤードと言っても町の小さな店でカップ焼そばを食いながら四つ玉を打っていたわけで、決してオシャレではなかったのですが、まあそれなりに楽しくやっていた。モロに'80年代新人類系のトライブに入れられそうな人物像ですね(笑)。
しかし、他方では戦闘美少女の絵をときどきこっそり自分で描いたりはしていた。それも出来上がった途端に紙を丸めて捨てるような、そんな描き方だったわけですね。また「ホットミルク」なども立ち読みでチラチラ見てはいたわけです。つまり、戦闘美少女への欲望や、「萌え」はなくなったわけではなく、単に抑圧されていたわけです。
そんな大学時代の僕が斎藤さんのインタビューイになっていたとしたらどうでしょうか? 戦闘美少女への欲望と洋楽志向は背反するものと分析されるでしょうか? その頃の僕は、斎藤さんに戦闘美少女への欲望を素直に語っていたでしょうか?
確かに「戦闘美少女」は特定の文化的コンテクストから生まれたものでしょう。しかし、その表象の特性について考察する際に「オタクという自己規定をしている者」の特性についてのみ考えたのでは、問題の核心をはずしてしまいかねないのではないでしょうか。つまり、我々が考えるべきなのはあくまでも「人々と戦闘美少女」なのであって、「オタクのものでしかない戦闘美少女」ではないということです。大学当時の僕のように戦闘美少女への欲望を抑圧した者も、加藤くんのように感情的な反発を覚えた者も、等しく分析のテーブルに載せられるべきでしょう。
その前提に立った上で、戦闘美少女という表象の特性は、文化的なモードやコンテクストの問題と、それとは別にある心理や感受性の問題に分けて考えるべきではないのでしょうか。その過程で逆に「オタク」の問題も浮上してくるのだと思います。
とりあえず、ラフではありますが、こう問題提起をしておきます。