さて、東さんの呈示された「レディスコミック」の画面についてもひとこと。
これにはひっくり返りました。こんなことになってたんかぁ!?
斎藤さんの
この漫画においては、まさに女性週刊誌的コンテクストの導入によって、きわめて異様でありながら、おそろしく解読の容易な画面が成立しているのです。
にも膝をポンと叩きました。確かに、レディコミ、つまり、より年齢設定の高い女性向けの漫画では女性週刊誌コンテクストは見逃せないですね。
とはいえ、この画像が異様に映るのは、伝統的な漫画表現技法、即ち、右上から左下に向けて順を追った形でコマが配置されるという文法とは対極にあるからでしょう。特に漫画読みに慣れた読者ほど脳内の文法書とこの画像との乖離、言い換えれば「入ってくる情報とデコーダの仕様のズレ」が大きいためドラッギーな感覚を覚えることになるわけです。
ところで、こうした見開き単位でリニアなコマの流れを破壊ないしは無視した画面構成はレディスコミックだけにとどまりません。私の主戦場であるエロ漫画の世界でも、ここまでワヤクチャな例はないにしても、ここ近年、似たような表現が出てきています。
見開き単位で、リニアなコマ割りのオヤクソクを無視するかのような、重層的で圧縮された表現が見られるようになってきたのです。
師走の翁(『師走の翁』、ヒット出版社)の画面構成がその代表例ですし、板場広しの最新単行本(『そんなことないよ』、ティーアイネット)にもその実例を見ることができます。また他の作家でもエロティックなシーンではこの「もんじゃ焼き」表現が多く見られるようになってきました。(「もんじゃ焼き」とは言い得て妙ですが、それじゃあんまりなので私は「マルチスクリーン・バロック」と勝手に名付けています)。
では、何故、こんな表現が出てきたのか? どのようなコンテクストが導入または流入しているのか? ここではレディスではなくエロ漫画に限定しますが、ざっと以下のような理由ないしは背景が考えられます。まだ考え中なので疑問も含めて思いつくまま並列的に挙げておきます。
この他、気になっているのが、見開き単位での視線の移動がどうなっているのか?ということです。レイアウトの基礎理論では見開きの左上にまず視線がジャンプし、対角線を流れて次に右下に移動するということになっていますが、もしそうだとしたら、リニアなコマ割りの「右上から始まり、左下に至って次の見開きへ」という「縦書き文章を基準とした」流れとは逆転しています。漫画表現においては最初から視線が時間を裏切っているのかもしれません。ではマルチスクリーン表現ではどうか? 全体像をパンフォーカスで捉えているのか? それとも、アイキャッチ(文字を含む)間をデジタル的にジャンプしてているのか? あるいはそれが同時に起きているのか?
などなど、考え始めると止まりません。
ここは漫画表現論を一人としても、竹熊さんや伊藤さんの御意見を是非とも拝聴したいですね。