初出:『談』no.64、たばこ総合研究センター、2000年
そのとおりだと思います。まず近代を視覚という観点から振り返ってみましょう。一般的には、近代はきわめて視覚的な時代だといわれています。それに対し、逆に視覚不可能なものにいかに近づいていくかということが、現代思想の流れだった。たとえばハイデガーとフッサールの対立は、基本的に目と耳の対立だといえる。フッサールの唱えた「現象学 Phaenomenologie」ですが、このphenomenonはギリシア語では「日にあたるもの」という意味ですね。つまり見えるものです。これに対してハイデガーが好んだ隠喩は「存在の声」、つまり耳に関連するものです。見えるものに留まり続けようとするフッサールと見えないものへの遡行を試みたハイデガー。現代思想ではおおむねハイデガーの方が評判が高いわけですが、どちらを評価するにせよ、表面と深層、見えるものと見えないもののこの対立は、フーコーが指摘したように、ある意味でカント以降の人文科学全体を規定しています。
ジョナサン・クレーリーというアメリカの美術研究者が、『観察者の系譜』という本を書いています。彼の考えでは、一九世紀の初頭に視覚の位置が大きく変わったという。一八世紀においては、すべてが「見えるもの」だった。より詳しく言えば、見る側と見られる側が分離したカメラ・オブスキュラのモデルだったのです。しかし一九世紀の初頭に、視覚そのものを生み出す装置が人々の関心を集める。言い換えれば、「見えるもの」の世界そのものを生成する身体の次元、「見えないもの」が発見される。クレーリーがこの変化の例として、ターナーの絵とフェヒナーやヘルムホルツの視覚生理学を挙げています。前者では、風景を生み出す光そのものが描かれている。他方後者では、光を生成する目の生理、組織が探求されている。 クレーリーはここで、見るもの/見られるものという主体/客体モデルが終わり、その対立を生成させる場そのものへと関心が移行したのだと主張しています。そして、この移動がフーコーの言う「経験的=超越論的二重性」の誕生と並行していると言う。つまり、見る側と見られる側が対立している「見える世界」、一八世紀まではその世界にしか関心が向かっていなかったのが、一九世紀の初頭に、それ自体を支えている見えないものの世界が発見されるわけです。そしてこれがそのあと、二〇世紀に至るまでの知のパラダイムになっていく。これが、哲学的にはさきほどのようなフッサールとハイデガーの対立、あるいはそれを止揚したメルロ=ポンティの問題意識につながっていくわけです。『見えるものと見えないもの』というのはメルロ=ポンティの遺稿のタイトルですが、彼の考えでは、視覚は一種の触覚なんですね。「見る」行為は主体と客体を不可避的に分けてしまうけれど、本当はその根底に、主客未分化の触覚的=身体的世界が開けているのではないか。つまり、現象学的な「表面」の下に、その現象学的な行動を支える、廣松渉的に言えば「四肢的身体」の世界が広がっているわけです。これはいろいろ面白いアイディアを含んでいますが、構造的には、まさに「見えるもの」と「見えないもの」の対立でつくられています。
それは「視覚的」をどう理解するかによります。近代は決して、見る主体が単純に確立された時代ではなかった。むしろそこでは、絶えず「見えないもの」への遡行、主客対立の乗り越えが計られていた。しかし考えてみれば、「見えないもの」に向かっていくこと自体が、視覚のモデルなわけですね。ですからその意味では、近代はやはり視覚が特権的な時代だったと言える。
しかしこの点で最近僕が思っているのは、一九七○年代以降の世界、いわゆる「ポストモダン」は、もはやこの意味でも「視覚的」と言えないのではないかということです。というのもまず、現代では一方で過度に視覚化が進んでいる。村上隆さんの「スーパーフラット」もそうだし、インターネットやハリウッド映画の映像もそうです。すべてのものを視覚化する、隕石の衝突でも有名人の私生活でもすべてを「見える」ものにすることへの欲望がたいへん高まっている。
しかし同時に他方で、現代はまた視覚化が難しい時代でもある。たとえばフーコーは近代の権力モデルとしてパノプティコン(一望監視装置)を考えましたが、今われわれが直面している新しい権力はむしろデータベースですね。しかし、データベースの権力をどう表象するのか。オーウェルの『一九八四年』とは異なり、今では権力や資本は「見る」「見られる」の発想では追いつかないところで動いているわけです。
現代は一方で過剰に視覚化が進み、他方で視覚化できないものも増えている。その結果として、今は非常に厄介な事態が起こっているように思います。近代世界はまず見えるものであり、その裏に「見えないもの」がある、一種のハレとケのような二項対立の世界観で捉えられたわけですが、そういう発想が通用しなくなっている感じがするのです。むしろ、見えるのか見えないのかよくわからないものが世界に満ちている。たとえばコンピュータのインターフェイスを前にチャットをしている時、そこにあるハンドル名は、「見えるもの」なのか「見えないもの」なのか。ハンドル名はあくまでも仮面で、その背後に現実世界の見えない人格がある、こういう単純な発想がもう通用しないことはみんなわかっています。むしろ私たちは今や、そのハンドルをあたかも本当の人格のように扱い、そこはそこでプロトコル化されたコミュニケーションを取ることでやりすごすように行動している。つまり、表面だけのコミュニケーションでかなりのことができるようになり、もはや深層について考える必要はなくなっている。でも深層はしっかりと存在する。この変化は、ある視点からは世界中が見えるようになったともいえるし、別の観点では世界中が見えにくくなったともいえる変化です。
ポストモダン、僕風にいえば「郵便的」な世界の説明が難しいのは、この二つの変化が同時に進んでいるからです。そこでは一方では、情報の流通が豊かで、世界中のものが見えるようになったかのように見える。しかし他方では、情報の流通があまりに豊かであるために、ほとんど何も見えない世界でもある。これは社会の変化でもあるし、また記号の変化でもある。さきほども述べたように、データベースや情報の概念がここで大きな役割を果たしている。たとえばかつては人間をアイデンティファイするのに、指紋が使われた。これは目で見て比較できる。しかしDNAは決して見えない。ちなみに、DNA鑑定とはじつはDNA全部を調べるわけではないんですね。ごく一部を調べるにすぎない。その一部がちがっていればちがうことは確実ですが、もし同じだった場合は「同じ人かもしれない」と確率的にしかいえない。むろん、調べる部位を増やすことで蓋然性をいかに高めるかが重要なわけですが、ここで問題なのは、いずれにせよ鑑定の結果を私たちは決して目で(つまり知覚で)確かめられないということです。一方でこういう不可視の記号により人間のアイデンティティが決定され、他方では前述のように、コミュニケーションはますます表面的な約束事で処理されるようになっている。つまり、一方で私たちはますます不可視の記号(情報)に依存し、他方でますます可視的なもの(スペクタクル)だけの中に留まろうとしている。この二つの変化は互いに連動しているのです。
そういうことです。しかもその対立は、思想的にはまた空間と時間の対立でもある。これは映画の役割を考えるとわかりやすい。クレーリーが指摘したような一九世紀の新しい視覚的関心、視覚の生成そのものへの注目は、じつは一九世紀の末には映画としてテクノロジカルに実現されていきます。映写機とは不思議な装置で、映っているもの自体はスチール写真です。しかしそれを映写することで時間が生じる。言い換えれば、「見えるもの」であるスチールを動的な視覚に変えているものとして、「見えない」映写機=撮影機があるわけです。このようなわかりやすい構造をしていたため、映画はのち、ベルクソンやドゥルーズによって哲学的な特権性を与えられていきます。静止的で空間的な哲学を乗り越えるモデルとして、映画の体験がもち出されるわけですね。
空間と時間、見えるものと見えないもの、表層と深層、こういう対立はすべて連動しているわけですが、これをまた別の観点で言い換えれば、科学的な真理は空間的で、精神分析的な真理は時間的だと言うことができます。科学的な真理は時間と、言い換えれば個々の特権的な場所と関係ありません。アインシュタインの発見は「相対性原理」と言われてますが、しかしそれはいつでもどこでも通用するのであって、だからこそそれは科学的なのです。対して精神分析――フロイト=ラカン派――が相手にする「真理」は、個々のセッションの中で、つまりは転移関係の中で時間的に生成するものです。後者のような「真理」概念を認めるかどうかについては、個々に立場が分かれると思います。アラン・ソーカルの指摘以降、今ではむしろラカン派的な発想は分が悪いようです。
それで、僕は科学とラカンのどちらが「正しい」かにはあまり興味がないのですが、以上のような思想史的文脈を考えてみた時、デリダが独特のポジションを取っていたとはいえると思います。彼のモデルは単純に言えば、手紙を使った精神分析です。つまり、相手が目の前にいないセッション。そこでは分析医と患者の転移関係も、ラカンが考えたようなものとは多少異なるだろう、というのがデリダの考えですね。相手がいるのかいないのかわからない、デジタルで離散的な、しかし転移が起きるようなコミュニケーション。手紙を介することで、個々の特権的な場所に依存しないけれども、しかし単純に普遍的なわけでもない精神分析的な真理。それはある意味で、空間的な真理観と時間的な真理観の間にあるような考えだといえます。
話がずいぶんと哲学に入ってしまいましたが、このデリダの考えも今日の話と深い関係があります。ロザリンド・クラウスがある論文で面白いことを言っていました。「ズートロープ」といって、円形の装置をくるくる回すと馬などが走っているように見える装置がありますね。あれは止まっていると空間なわけですが、一定のテンポで回すことで、それが時間になるかのように錯覚させる装置です。この延長線上で撮影機=映写機の発想が生まれてくるわけですが、ここで空間と時間をつないでいるのは、じつはリズムなんじゃないか、というのがクラウスの指摘でした。デリダの手紙もこれと似たところがあります。ぽんぽん出してぽんぽん返ってくる。実際にデリダ自身、一時期、プラトンの『ティマイオス』を読んで時間と空間を生成させる篩いのリズムだとか、けっこう訳のわからないことを言っていたんですね。しかしその意味も、最近少しわかるようになってきたんです。結局問題は、見えるものと見えないもの、空間と時間、科学的なものと精神分析的なものの対立を超えることで、そのアルタナティヴを出そうとデリダはいろいろ考えていたのではないか。そしてそれはじつは、ズートロープのような映画(あるいはアニメーション)の起源に遡るものでもある。
さらに言うと、見えるものと見えないものの対立は、メルロ=ポンティからラカンに継承され、そこで神経症レベルと精神病レベルの対立へも変奏されています。神経症とは「大文字の他者」が成立している状態。それに対し精神病とは、大文字の他者が成立しない状態です。
分裂病とは精神病の一種なので精神病と言うべきですが、神経症と精神病の対立を「大文字の他者」の有無で思弁的に考えるというのは確かに流行しました。日本では、浅田彰さんのパラノとスキゾですね。それは結局は社会の中にいる人か社会から逸脱した人か、というハレとケのような二項対立なのでとてもわかりやすいわけですが、僕は今ではあまり興味がありません。
むしろ僕が今興味をもっているのは、多重人格や解離の現象です。解離は、何かトラウマが来ると、その場その場で人格をポンと切り離すようなシステムです。そこには神経症と精神病、トラウマの手前と彼方という二項対立がありません。主体全体の統合の有無とは無関係に、並列した自我の束をどんどんつくり出していくのです。したがってこれはラカン的には神経症の一種ということになるのですが、単にそれに留まらない意味があると思います。というのも、解離の症例は一九七○年前後から主にアメリカで増えてくる。したがってそれは明らかに、ポストモダン化と並行しています。そしてポストモダンの変化とはさきほども述べたように、一方で過剰に視覚化(スペクタクル化)され、他方で肝心な部分は非視覚化(情報化)される二重の変化です。これはおそらく、神経症と精神病の二つの病像にも変化を及ぼしたのではないか。
ところで「情報」というのもまた面白い概念です。この言葉はもともと軍事用語で、日本でも「諜報」と訳されて使われていました。それが今のように科学的な意味に使われるようになったのは、せいぜいクロード・シャノンやノーバート・ウィーナーから、つまり一九四○年代以降のことです。おまけにこの言葉は今でも定義が明確ではなく、いろいろ入門書を読みあさってみたのですが、「情報とは何か」に関しては各人で意見がバラバラです。ただ一つ言えるのは、これが二〇世紀特有の概念だということです。さきほどのクレーリーは、「見えないもの」に対する科学的な注目の例としてホルムヘルツを挙げていましたが、ホルムヘルツは他方でエネルギー保存則の提唱者としても有名ですね。エネルギーという概念はきわめて一九世紀的なものですが、「見えるもの」と「見えないもの」の対立はある意味で、物質とエネルギーの対立でもあった。しかし「情報」はそのどちらにも属さないのです。百科事典などには、情報は、物質、エネルギーに次ぐ第三の概念だと説明されています。つまりそれは、「見えるもの」と「見えないもの」の一九世紀的な分割を超えた新しい概念なのです。
そういう点で考えると、情報という概念の出現に、二〇世紀後半の学の特徴を集約させてもいいように思われます。実際社会的にも文化的にも、一九六○年代から七○年代にかけては、「情報」の概念がきわめて大きな位置を占めていく。ひどい時には、社会の生産性が上がらない、だけど情報をなんとかすれば生産性が上がるというような、神秘的なアイテムとしても使われるようになる。一時期の情報化社会論や未来学がそうだし、マクルーハンやギブソンもそうですね。僕はその一つの典型をフィリップ・K・ディックの妄想に見ています。彼の妄想はいわば情報論的な汎神論でして、スピノザ的な神をサイバーパンク化したようなものです。情報の流れこそが本質で、私たちの世界はその表面でしかない。そういう準備のあと、今私たちが直面しているような「情報技術革命」の一九九〇年代がやってきたわけですね。「情報」とは何か、そのインパクトはどういうものか。その技術的な答えが、七〇年代に始まったコンピュータのインターフェイス化、ネットワーク化なのだろうし、他方で文学的・思想的な答えがサイバーパンクや現代思想の一部だと思います。図像的な反応としては僕はハリウッド映画やアニメだと思うのですが、これはこの秋に出版される対談集の一つのテーマです。そして同じ変化が病像的には、前述のような解離の増加という形で現れたとは言えないだろうか。
ところで、僕はもともとデリダの研究者なのでそちらに話をもっていくと、彼の言う「エクリチュール」とは面白い概念なんですね。それはイメージでもシンボルでもない。つまり、見えるものでも見えないものでもない。より哲学的に言えば、経験的なものでも超越論的なものでもない。エクリチュールはその境界にある、というのがデリダの主張なのです。これは今まで哲学的文脈で理解されてきたので、批判のための批判というか、あまりに抽象的で具体性を欠いた指摘だと思われてきたのですが、僕は、今日述べたような流れから見るとまたちがった理解ができると思うんです。
さきほども述べたように、一九世紀の初頭以降、だいたい一九七〇年代あたりまで、近代の知は、世界を大きく見えるもの/見えないものの分割で捉えてきた。ラカン派による想像界と象徴界の分割も、それを踏襲している。想像界とは知覚できる世界、象徴界とはその知覚を支える言語的な世界だから、これはまあ経験的と超越論的の区別と言い換えてもいい。ところがデリダがずっと主張してきたのは、この経験的/超越論的の区別は維持できないということです。そこでエクリチュールという新たな記号の概念が出てくる。これはじつは、さきほど述べたような「情報」の出現と深くつながっているのではないか。実際にデリダは、しばしば複製芸術の衝撃を例に出している。これはベンヤミンが書いていますが、たとえば映画は自分の鏡像を「剥ぎ取ってしまう」装置なんですね。鏡の像は常に自分の前にいる。ここからナルシシズムや鏡像関係が生じる。しかし、映画はその鏡像を剥ぎ取って、時間的なズレをもたらして映写してしまう。だからそこでは、時間が一致しない相手に対して鏡像関係がつくれてしまうのです。これはまさに、さきほど述べたような、時間的なズレのある転移関係の話につながっています。そしてある意味で、現代のスペクタクル化された社会においては、あらゆる人がこのような「時間的なズレを抱えた相手に対する転移関係」に陥っている。
ポストモダンの思想が役に立たないとはまったく思いません。むしろ今こそ、ポストモダン論を読みなおさなければならないと思います。私たちはまぎれもなくポストモダン社会の中に生きているのだから。八〇年代的、ニューアカ的な流行としての「ポストモダン」の愚かさと、ポストモダンの思想そのものが抱えていた射程の深さはまったく別物です。ここは勘ちがいしている人が多いので、しっかり言っておく必要がある。
ただしそこで、フランス現代思想系の言説が今そのまま使えるかと言ったら、その点は首をかしげますね。たとえばドゥルーズの例を挙げられたけれど、彼の文体や隠喩がかなり問題があったのは前掲のソーカルが指摘するとおりです。そのような指摘がある以上、ラカンやドゥルーズの哲学をそのまま「真理」として受け取るのは、僕はもはや無理だと思う。むしろ、ドゥルーズがそこで「強度」という隠喩を選んだのはなぜなのか、彼が荒唐無稽な理系的隠喩を好んだとしたらそれはなぜなのか、少しメタレベルで読んでいくしかないでしょう。少なくとも学問的には。その点を確認したうえで僕の意見を述べれば、やはりドゥルーズの「強度」は、僕は近代的な「見えないもの」の変奏だと思います。むしろここで僕が言いたいのは、「見えないもの」、というか「深さ」の軸そのものが大きく変容したということです。そしてその変容はたとえば情報科学やハリウッドに現れていたのですが、フランス現代思想はそちらにはあまり関心を寄せませんでした。
ポストモダンは近代と連続しているのか、それとも切断されているのか、その限りでは、どちらとも言えるとしか言いようがない。ただ、「切断」の局面を強調した方がはっきりと見えてくる文化的現象があるわけで、僕はそちらの方に焦点を当てているのです。すると確かにすっきりすることはある。たとえば今でも、ヨーロッパ映画とアメリカ映画の観客層は明確な差異がありますね。これは一般には芸術とエンターテインメントのちがい、エリートと大衆のちがいのように受け取られているわけですが、僕はそれは端的に、「映像をめぐる二つのパラダイムの衝突」だと言いたいわけです。
同じことは社会問題についても言えるのかもしれません。神経症と精神病の分割、つまりは理性と狂気の分割が一九世紀に成立したものであるのはフーコーが指摘したとおりですが、それもやはり「見えるもの」と「見えないもの」の分割に連動している。簡単に言えば近代社会は、狂気を徹底して「見えないもの」の領域に押し込めてきたわけです。この作業は決して否定的な意味だけではありません。狂気を宿した天才、というロマン派的な概念も同じようにここから生じます。
しかし解離が一般的な世界では、また別の狂気の表象が必要になるでしょう。それこそ今の日本では、『SPA!』的にいえば「プチ狂気」「プチ解離」がいっぱいいるわけですが(笑)、こういうのは案外、大きな変化の一局面かもしれません。社会のあり方が変われば狂気のあり方も変わる。精神分析の心の捉え方は、きわめて一九世紀的な狂気の形態、たとえばヒステリーのドラやパラノイアのシュレーバーのような特定の大症例に多くを負っているのですが、それが時代の変化により説得力をもたなくなることは十分にありえます。実際にアメリカではかつてロジャーズ派的なカウンセリング(ラカン派はあれは精神分析と認めないでしょうが)が隆盛でしたが、七〇年代以降はむしろ、薬物治療の影響力がどんどん増している。狂気の形、というか、狂気に対する社会的なコンセンサスが変わってゆくわけですね。フロイト=ラカンが有効だと思われる社会もあれば、カウンセリングが有効だと思われる社会も、あるいはプロザックの投与が有効だと思われる社会もある。そのいずれが正しいのかは、歴史的な相対化を抜きには語れません。
そのうえで日本の話に戻れば、よく言われることですが、私たちの自我の捉え方が、多重人格のモジュールをシチュエーションに応じて組み替えるようなものに限りなく近くなっていることは事実だと思います。そしてその奥底にある主体としての同一性(モジュールの切り替えそのものを可能にしているレベル)の方は、今度は、薬物治療に影響を受けるような物理的実体として捉えられている。自我と主体の差異が、想像的/象徴的の区別ではなくて、解離人格と脳の区別で捉えられている。これはさきほど述べた、「見えるもの」と「見えないもの」の二項対立から、「過剰に視覚化されたもの」と「絶対に視覚化されないもの」の二項対立への変化に連動しています。いずれにせよ、今はよく「一七歳の少年の心の闇」が話題になりますが、どうせ話題にするなら、これくらい大きい枠組みで変化を捉えるべきだと思うのです。そうでないと世代論にしかならないし、実際にそうなっている。
つまり問題は、何を「深み」だと思うかということですね。これはポストモダンの変化とも関係していますが、しかし、今の日本はそれ以前という印象もあります。それこそ団塊の世代にとっては、少年犯罪なら永山則夫、集団テロなら日本赤軍が今でもモデルなわけで、そうすると宮崎勤事件以降は、オウムも酒鬼薔薇もみんな興味なしでしょう。今の若いヤツらは、いきなりキレて殺したりしてまったく面白くない、論じるに足らん、というわけです。そうするとまあ、ワイドショー・レベルの心理学者による「親の愛が足りなかった」とかいう論調ばかりが突出してくるわけで、今の少年犯罪なんてその程度でしか語られていませんよね。しかし思えば、少年犯罪に限らず、日本の言論界は九〇年代の文化的・社会的な変化に対して驚くほど鈍感だったわけです。通信傍受法案とかサブカルチャーの問題はすべてそうです。これはもう、エピステーメーの変動とか以前の話ですよ。斎藤さんのお仕事はその中では非常に真摯なものだと思いますが、総じて言えば、僕は日本の言論界には呆れています。
あれもまた難しい問題です。同時に哲学的な問題でもあった。というのも、私たちは一般に、権力の構造をどうしても視覚的に発想するからです。しかし、データベース化が抱える問題は、決して視覚的隠喩では捉えられない。たとえばクレジットカードで買い物をしたとして、その時に誰かに見られているわけではない。しかし実際には個人情報はどこかに蓄積されているわけで、あとで検索すれば発見されるかもしれない。ここにはタイムラグがあるのです。デジタル盗聴も同じであって、「盗聴される」時刻と「盗聴する」時刻はもはや一致する必要がない。とりあえずすべてを記録して、あとで必要な部分だけ検索すればいい、という形になる。このようなシステムを使った監視体制をどのように制限していくべきか、私たちはまだほとんどアイデアをもっていません。
このような変化に応じて、プライバシーの概念も変わると思います。たとえば僕は最近やたらとメールアドレスにDMが来るようになっているのですが、これはネットで本を買っているからだと思います。個人情報が利用されているわけです。しかしこの時、じつは誰も僕のことは知らない。アドレスが自動的に登録され、自動的に整理され、自動的にDMが発送されている。こういう場合、これをプライバシーの侵害というべきなのか。普通プライバシーの侵害というと人間関係の問題でイメージされると思うのですが、現在の個人情報の侵害はそれでは論じられない。ですから今では、プライバシーの権利を、むしろ個人情報のコントロール権として読み替えようという考え方もあるようです。
とはいえ、どのみち、現代社会では個人情報を全部自己管理するのは不可能なんですね。そもそもクレジットカードやATMのサービスはすべて、私たちが個人情報を流出させることで成立している。だからといって、別にいいじゃないか、特定の個人に見られているわけじゃないしと無頓着になるのは明らかに危険です。そういう意味で、どこまでの個人情報の流出ならばよくて、どこから先が悪いのかの境界をそれぞれの個人で引くことこそが重要なのですが、じつはこの作業が今は最も難しい。というのも、さきほどから繰り返し述べているように、私たちはいまだデータベースの性質をよく理解していないからです。時差のない権力は、日常的な感覚で理解できます。たとえば触られるのはまずいけど見られるだけならいいだろうとか、見られるのは気持ち悪いけど電話だったらいいだろうとか、そういう通常の生理的感覚の延長で個人が判断できる。しかし情報の機能は、そういう想像力の延長線上にない。あなたの情報が数年後、数十年後に呼び出され利用されるかもしれませんよ、と言われても、そんな経験は生理的な感覚の彼方にある。
情報やデータベースの概念はイメージ化できない。これはまた、さきほども触れたアイデンティティの話とも関係しています。「見えるもの」と「見えないもの」の分割、すなわち経験的な自我(他人に見える自分)と超越論的な主体(他人には見えない自分)の分割が行われている世界では、自我の構造は一種の仮面モデルになるわけですね。しかしデータベースの登場は、そのどちらでもない、別種の自分の概念を呼び起こすもののように思われる。一〇年前の自分の情報はどこかにある、それは確実に自分であり、他人にも見える自分の姿だけど、自分にはもはや見えないものだからです。
ディスプレイ、というかグラフィカル・ユーザ・インターフェイス(GUI)の登場はその意味で画期的でした。前述のように、ポストモダンにおいては二つの動きが同時に進行している。一方で私たちは今や、あらゆるものを過剰に視覚化しようとしている。しかし他方、同時に私たちはますます非視覚的なものに依存している。その非視覚的なものの典型的な概念が情報なのですが、インターフェイスの概念は、情報をあたかも「見えるもの」であるかのようにしてしまった。その意味で、コンピュータのインターフェイスは、ポストモダンについて語るうえで範例的な平面だと考えています。
そしてあと僕が重要だと考えているのが、意外かも知れませんが、キャラクター文化の隆盛です。たとえば警視庁がマスコット・キャラクターをつくっていますね。警察組織は本当は見えない。象徴界と同じです。その見えないものの現前が見えないままに信頼できている間は、おそらくマスコットなんて必要ない。キャラクターはその信頼が落ちたから生まれてきたわけです。言い換えれば、キャラクターというのは、本当は見えないものを強引に見えるものにする時、要請されるアイテムなんですね。政府や社会、いわゆる大文字の制度の存在感がどんどん衰える、というのはポストモダン化の必然的な過程なわけですが、九〇年代の日本におけるキャラクター文化の背景にはそういう社会的要因があると思います。今後は、各省庁のマスコットキャラが続々と出てくることになるんじゃないですか(笑)。
ただそこでシンボリックといっても、僕は今は、国家や国旗の象徴的権威で「国」のまとまりが仮構できるような状態だとはとても思えないのです。むしろ日本では、国の存在感を出すためにこそ、「ピーポ君」みたいな不気味なキャラクターを必要とするような地点に来てしまっているのではないか。情報技術の進展につれて、社会の下部構造はますます非視覚的で想像不可能なものになっていく。そしてその結果、視覚化できないものを無理に視覚化したような映像、図像が増えていくことでしょう。ハリウッド映画にしてもアニメにしてもキャラクター文化にしても、その観点から統一的に説明できるように思います。
話がずいぶんと広がってしまいました。いずれにせよ、今回は視覚がテーマといういうことでしたが、「見る」という行為はあまりに一般的なため、生理学的な視覚論とは別の社会学的、文化批評的な議論もできる広がりをもっている。そしてその観点で言うと、近代からポストモダンにかけて(社会的な)視覚にはきわめて大きな変動があり、今はそれが具体的な社会問題としても現れているといえるでしょう。
2000.5.17談、聞き手:佐藤真(アルシーヴ社)
2000.11.16公開、2001.8.31修正(HTMLのみ)