初出:『週刊読書人』、2000年11月3日号
八〇年代と九〇年代というのは、単純に言うと、マルクス主義という大きな世界観を失ったせいで、哲学・思想が非常に抽象的かつ自閉的になっていた時代だったと思うんですね。その自閉性をどう総括するのかが、前の『存在論的、郵便的』と『郵便的不安たち』という二つの本の問題でした。ではその総括が終わった後、これからどうすればいいのか。自閉したムラのなかでの自己批判をこれ以上やっていても、もう仕方がないし意味もない。もっと世界に開かれた方向で、哲学・思想が、今起こっている現実を説明し、変えていくような力を持つためには、何をしていけばいいのか。僕はこの二年間、そのことばかり考えてきました。
それで、そう考えると、現在、八〇年代まで「哲学・思想」と呼ばれてきた領域の言葉は極めて使いにくくなっているんですね。とすれば、それを嘆くのではなく、やっぱり全く新しい言葉を身につけていかなければならない。それはもちろん自分で勉強することでもあるけれども、他方、考えるべき問題が広大である以上、いろんな人たちとの共同作業も重要になるでしょう。だから僕は、理論的な単独の著作が出る前に、その過程を記録したものとして、この対談集をぜひ出版しておきたかったのです。むろん、この本に含まれない、いろんな方々との公的私的な対話もあります。そういったものの結果として、僕のこれからの仕事があるのです。
後書きにも書いているのですが、『不過視なものの世界』は、来年に出す予定の『誤視覚化論』(仮題)とセットになっていて、予告編と言えるものです。いまの仕事は、『存在論的、郵便的』と『郵便的不安たち』の時期のものとはかなり異なっていて、読者のみなさんにはとまどられている方が多いと思います。しかし今回の対談集を読んでくだされば、その疑問はかなり解けると思います。『存在論的』の現代思想的な問題意識が、『不過視なものの世界』の文化批評にどのように繋がっていくのか、この本を読んだだけでも少しは分かってもらえると思います。その点では、前回の二作よりもはるかに読みやすい本です。僕のこれからの仕事は、「他人との共同作業を通して現実と格闘する新たな言葉を紡いでいく」という方向で動いていくと思いますが、その「他人との共同作業」の部分が今回の本で、「新たな言葉」の部分が次の本になるわけです。その意味でも、この本は新しい出発点です。
もちろんそうです。ただ「郵便的」の二冊は、いわば、まともにものを考える環境を整えるための準備作業だった。宮台さんの言葉を借りれば「ゴミ掃除」です。ゴミがあるていど片付いてしまった後やるべきことについて、「郵便的」の頃の僕は、そのイメージをはっきりと掴んでいなかった。それは当時も僕自身そう思っていたし、今でも思っている。ようやく今度の本で、その新たな方向に向けて一歩動き出せた感じです。対話相手も、意図的にジャンルの異なった人たちを選んでいる。斎藤環さんや阿部和重さんはフランス現代思想系の言葉が通じますが、ほかは、それが通じないひと、もしくは必要としていないひとばかりです。そういう選択をしたのは、やはり、今までの哲学や批評の在り方を決定的に変えていきたいと思ったからなんですね。「郵便的」シリーズでは、変わらなければいけないということしか言っていなかった。しかし今回は、どう変わればいいのか、僕なりのひとつのモデルを出してみたつもりです。
読者層はほとんどイメージしませんでした。むしろ、今の世の中を見た場合、何について語るのが大事なのかを第一に考えました。例えばいま、文学において、芥川賞について語るのが重要だとは思えない。僕はミステリやSFの方がよほど重要だと思う。映画に関しても、ゴダールもいいけど、ハリウッド映画はそれ以上に重要だというのが僕の考えです。そういったかたちでテーマを選び、読者層はあまり考えなかった。でもそのおかがげで、開かれたものになったと思います。「郵便的」シリーズは、皮肉なことに、宛て先がはっきりしすぎていて、タイトルの割にぜんぜん郵便的じゃなかった(笑)。今回のほうが、宛て先をイメージしないで、誤配に満ちるように作った本ですね。
例えばこの本で対談している斎藤環さんとは、その後、僕のウェブサイトで討議を続けています。対談後に斎藤さんが『戦闘美少女の精神分析』という本を書かれ、それについて僕が書評を書き、それをきっかけに、僕のウェブサイトで竹熊健太郎さんらを交えて討議をはじめることになった。「網状書評」という名前です。
これは今の出版業界全体の問題だと思うんですが、僕が「網状書評」でやっているようなことを、印刷媒体はほとんどできなくなっている。つまり、ひとつの問題に大きな誌面を割き、討議させるということがほとんどできなくなっている。そういう状態へのフラストレーションが僕にはずっとあったので、印刷媒体がダメなら、ネットで勝手にやればいいやと思ったのです。とにかく僕は、何となく有名な二人が会っておしゃべりして、それで紙面を埋める、という対談は嫌いです。そうではなく、ひとつの問題について、ある解答が出ないまでも、それぞれの意見がぶつかりあうような対話でなければ面白くない。昔はそういうものがありました。特に文芸誌などにはあった。けれども今はそうじゃない。サラリーマン化した編集者がそういう対話の場を作れない、作りたくないというのなら、もう自分でやるしかないじゃないですか。この点では、今回の対談集も、個人ウェブサイトも同じ方向の活動です。
永遠と続く雰囲気になっていますね(笑)。皆さんボランティアで参加していただいているので、感謝しています。ボランティアの精神を過度に評価するつもりもありませんが、しかし僕は、編集者も誰もいなくても、放っておいても物を考えたり喋ったりする人たちというのが、本当の評論家であり、本当の知識人だと思うんですよ。例えば「網状書評」での斎藤さんは、誰に頼まれなくても返答を書いてきてくれる。こういう自発性はすごく大事なことです。結局、そういう人だけが信頼できる。そしてそういう相互信頼の積み重ねで、はじめて対話の場も成立する。
今はそういう点で、自発的な言論の場がきわめて少なくなっている。当たり前のことなんですが、文化というのは一プラス一が三にも四にもなる世界なので、相互の交流がないことは万人にとって不幸です。僕が決して社交的な人間ではないですが、僕自身は一人で考えてもすぐ煮詰まるので、なるべく多くの人たちと話がしたいし、刺激ある情報を交換したい。その時にそういうコミュニケーションの場がないとすれば、自分で作るしかないわけです。
いわゆる「論壇」で何が問題になっているのか、僕はよく知りません。ただ思想一般では、僕はここ一、二年、状況はよくなりつつあると感じています。八〇年代の日本はとにかく不毛でした。ポストモダニズムの空虚な流行と、ジャパン・アズ・ナンバーワン的な集団ナルチシズムが結びついて、消費社会を肯定しているあいだにその肝心の消費社会が躓き、結果として何も残らなかった。そして、九〇年代もずっとその亡霊から抜けきれず、「終わった、終わった」という言葉ばかりが知識人のあいだで囁かれていた。しかしここ一、二年で、「終わった」というよりも、ようやく「始める」ことへの関心が出てきていると思います。その雰囲気は僕の仕事にも反映されていますね。
「始めなければいけない」というよりも、「始めます」という宣言に近い。「始めなければいけない」という言い方は、煎じずめれば「誰かやって」という言い方なんですよ。ポストモダニズムの残党たちはそんな警句をいっぱい発していますが、彼らは実際には九〇年代に何もできなかった。例えば今年になっても、「映画が終わった」とか「文学が終わった」と言っておられる方もいる。でも、もう終わらせることこそ終わらせてもらいたい(笑)。逆説的な言い方じゃなくて、「終わった」というクリシェを発するのを止めてもらいたいのです。そういう言説は単に有害です。ゴダールを讃えて「映画が終わった」と繰り返すことは、度を超せば、今これから映像を作る人には迷惑でしかない。キアロスタミの映画じゃないですが、「そして人生は続く」のであって、別に六〇年代の前衛で映像文化が終わったわけじゃない。そんなの当たり前なのに、一部の批評家はまだ八〇年代のスタイルにしがみつき、九〇年代の現実から目を逸らしている。もう九〇年代も終わったんですけどね(笑)。
領域の組合わせが今までちょっと見なかったものなので、横断的にも見えるでしょうね。ただ、テーマは総花的ではなく、さきほども言ったように一貫した問題意識でやっています。この対談で扱われた問題、コンピュータ文化やオタク文化は、すべて僕にとって切実な問題だし、だからこそ自分で考えるべきだと思った。それだけのことです。逆に僕にとって切実ではない問題で、にもかかわらず九〇年代後半の状況分析のためには重要だと思われる問題、例えば椎名林檎の登場(笑)などは一切触れていない。それをやりだすと、何についても発言する人になってしまうので、僕は自分に一定の枷をはめたつもりです。
単語ぐらいは出てきますけど、その辺りはまあ、宮台さんとも棲み分けしているわけです(笑)。
『郵便的不安たち』の後書きにも書いたんですが、僕は、筆者が匿名的にならないとだめだと思っているんです。といってもそれは、ペンネームを変えるとか写真を出さないとかいうことではありませんよ。つまり、東浩紀が面白いという時に、「東浩紀」という人間のパフォーマンスが面白いのではだめなんです。仕事そのものが、人間への興味など抜きで面白くなくてはならない。一言で言えば、「〇〇理論」みたいなものができたとして、僕が死んで名前が消えても、その理論だけは単独で残る、そういう状態が僕の理想なのです。僕が一般に雑誌ではなく本を重視するのも、こういう考えがあるからです。僕の名前がなくても、面白い本が一冊残ればいい。こういうふうに言うと大きな話になってしまうんですが、どんな文化領域でも、優れた作品は著者の人間性など関係なく受け入れられている。
いま浅田さんと福田さんの名前が出ましたが、僕は彼らは、「人間」の魅力で生きてきた方々だと思っています。もちろん功績は大変認めるし、尊敬もしています。しかし、その彼らが、著者の名前や業界の慣習を全く知らない人たちが読んで面白い文章を、九〇年代にどれだけ書けたのか。僕はこの点はまったく怪しいと思いますね。もともと僕は柄谷行人に影響を受けたわけですが、最初に『内省と遡行』を読んだ時は彼の名前すら知らなかった。それでも『内省と遡行』には迫力があった。そういうのが大事なことです。しかしその柄谷さんも、九〇年代にほとんど本を書かなかったですね。これは批判されても仕方がない。僕は逆に、なるべく書き続けたいと考えています。
ええ。それがひとつの柱になります。ただオタク論というよりは、むしろポストモダン論ですね。いま「象徴界」や「想像界」という言葉をあげられましたが、僕の本の中核はそんな言葉を使わないでも説明できます。僕が一貫して言っていることは、単純に言うと、オタクを子どもと考えるのではなく、ポストモダン的な別のタイプの大人だと考えた方がいいということです。近代的な大人のモデル、例えば朝日新聞を読むとか、プロ野球を見るとか、何となく長野県知事選に興味をもつとか(笑)、なんでもいいですが、そういう社会との関係をオタクは重視しません。彼らはそのかわり、社会と別のタイプの関係を作っている。けれども、それはそれである種の社会性の獲得なわけです。そこを誤解していると、ポストモダンの日本社会ではみんな子どもっぽくなってしまった、その典型例がオタクだ、といった杜撰な話しかでてこない。僕の関心はそれとはまったく異なっていて、「ポストモダン」というこの世界のなか、オタクが彼らなりの大人のなりかたを模索しているとすれば、そこを出発点について私たちの世界についてもっと詳しく議論できないか、そんな感じです。そしてそこから、オタク的な心理や文化作品をどう分析していけばいいのか、新しいツールも開発できると思うのです。
そういうことですね。例えば、これはむかし『エヴァンゲリオン』について書いていた時から言っていますが、アニメの物語について語っても仕方ないんですよ。アニメそのものについて、つまりスクリーンに映っているものについて語らないといけない。しかしそこで映画論を参照しても、映画とアニメは全然違うので齟齬が起きるんですね。これは今回の阿部さんとの対談でも話題になっているので、ぜひ読んでいただきたいと思います。ある世代以上の人たちにとって、オタク文化は「サブカルチャー」「カウンターカルチャー」としての規定がすごく強い。それはそれで尊重すべきことですが、そういう自己規定の結果、その文化を言葉で扱うことへの感情的な反発が強いのも確かです。僕はそのような態度は、オタク文化の楽しみを狭めているように思います。僕はアニメがカウンターカルチャーだと思ったことは一度もない。というのもそれは、僕の子供時代を通じてもっともメジャーな大衆文化だったからです。同じように、九〇年代の日本ではゲームがもっともメジャーなカルチャーでしょう。メイン・カルチャーとして純文学や哲学や現代音楽があって、その他方でカウンターカルチャーとしてゲームがあるのではない。そんな対立は存在しない。端的に、ゲームこそが九〇年代の創造力の核にある。だから僕は、僕が生きているこの時代を分析しようと試みるとき、オタクの問題に入らざるをえないのです。
九〇年代を代表する物語は、『ファイナルファンタジー』であり『エヴァンゲリオン』であり京極夏彦であり……ってことですね。決して純文学ではない。別にそれが悪いということではないですよ。八〇年代前半は『コインロッカー・ベイビーズ』が代表していたのかもしれないし、八〇年代後半だって、吉本ばななや村上春樹は人々の想像力に決定的な影響力をもっていたと思う。ただ九〇年代には状況が違うということです。九〇年代を代表する物語は純文学にはない。蓮實重彦の言う「物語批判」が必要だとして、いま批判すべき物語は純文学などにはないのです。
村上さんと僕の意見がすべて一致してるわけではありません。僕が彼の作品に惹かれるのは、それが、僕の考える「ポストモダン的な図像」の特徴をきわめてよく凝縮しているからです。しかし村上さんの「スーパーフラット」という言葉は、もっと広くて漠然としている。例えば彼は、スーパーフラット的感覚が日本固有のものだと考えている。でも僕はそう思わない。いずれにせよ、一言で説明するのは難しいので、本を読んでいただければと思います。
まあ便利に使えるのでしょう。ただ、そういうのは大して身のある話ではないですよ。例えば八〇年代に、浅田さんのスキゾやパラノという言葉は流行しましたが、でも何も変わらなかったでしょう。スキゾな人がいてパラノな人がいてと、性格占いみたいなものだった。同じように「わたしスーパーフラットだから」とか言ってるひともいるかもしませんが、僕はそういう現象には興味ありません。そうではなくて、僕は記号の様態について考えたい。例えば漫画表現とかアニメ表現というのは、世界史的にもかなり特異な発達を遂げている。こちらについて語ることには、大きな意味があると思います。
労力が必要といいますけど、長い小説や映画を作るのも大変な労力ですよ。尊敬される人々はちゃんと労力をかけている。知識人がサボり過ぎなんです。それに、僕はこの努力を好きでやっているわけだし、その「大変なこと」をやめるかわりに、月刊誌にいくつもコラムを持って、なんとなくそれをまとめて本にして生き残ろうとも思わない。僕には目的の感覚が明確にあるわけで、何をやるべきかはいまだ見えないけれど、何かをやった時に、これは違うという感覚は直感的にある。それは『存在論的、郵便的』を出した時にも感じたし、今回だって理想にはほど遠い。その「これは違う」という感覚を少なくするためには、努力するしかないわけです。
いや、遅れに遅れてすみません(笑)。一章と二章は、四分の三ぐらいできているんですが、第三章の書き下ろしが難関だったんですね。実は、新年からそれを某雑誌に集中連載することになったので、ようやくスケジュールが見えてきました。秋には出せるんじゃないでしょうか。分量は『存在論的、郵便的』と同じぐらいになるし、内容的にもアニメやSFも扱うし、とにかく盛りだくさんです。いままでの自分の問題意識をすべて投入するつもりで、満足の行く本を書きたいと思っています。