eメール時評・第2回


初出:『朝日新聞』、2000年5月1日号朝刊


青山真治監督の新作、『ユリイカ』の試写会に出かけた。殺人事件に巻き込まれた三人の登場人物が、その心的外傷からの癒しを求めて模索するさまを描いた、三時間半の大作だ。

心的外傷と、その傷が残す後遺症(PTSD)の問題は、この10年ほど、臨床でも学会でもジャーナリズムでも大きな注目を浴びている。歴史的に見ると、外傷が注目されたのはこれが三度目らしい。一度目は1920年代にヨーロッパで第一次大戦の後遺症が、二度目は70年代にアメリカで、ベトナム帰還兵の戦争神経症が大きな社会的問題となった。

しかし、90年代以降に注目されている外傷の問題は、それら二者とはいささか性格を変えている。第一次大戦もベトナム戦争も、ともに「大事件」だったことは共通している。被害者はその大きな事件に遭遇し、大きな心の傷を抱える。これは分かりやすい話であり、関心も集めやすい。対していま問題とされている外傷は、幼児虐待にしろ家庭内暴力にしろ、社会的には不可視の、「小さな」事件であることが多い。そこでは、外傷を抱えているのか否か、それを確認することがまず難しいのであり、治療の独特の困難もそこから生じている。

私たちの社会はいまや、大きな単一の外傷だけではなく、小さな複数の外傷を、細かくひとつひとつ処理していくことを迫られている。その作業はきわめて物語化しにくいし、語りにくい。しかし青山氏の新作は、その難しい課題に真正面から勇気をもって取り組んでおり、僕は深い感銘を受けた。

2000.5.26公開、7.27修正(HTMLのみ)




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