初出:『COCO』第2号、エンターブレイン 、2002年
そもそもオタクの歴史を遡ると、『ガンダム』が始まった1979年から、『ナウシカ』『マクロス』『うる星やつら2』といった重要な作品が公開された1984年までのあいだに、ひとつ大きなパラダイムシフトが起きたように見える。この時期には、ロリコン系美少女とメカへの関心が広まり、「オタク」という共同体の輪郭が急速にはっきりしてきた。それ以前のオタクは、実のところ、マニアやサブカル少年とあまり変わらなかった。たとえば1970年代のアニメオタクはディズニーもフライシャー兄弟もシュワンクマイエルも見ていた。それが1980年代半ばになると、『ミンキーモモ』とガンプラの話ばかりするようになる。
美少女キャラは1980年代から人気がある。その点を根拠に、「萌えなんて20年前からあったよね」という古い世代が後を絶たない。正直言って、ぼく(1971年生まれ)と同じ年あたりのオタクは、たいていそう感じていると思う。しかし、コミケやネットの現場を見れば明らかなように、ギャルゲー以降の萌えは、従来のアニメキャラ中心の萌えと何かが違う。では何が違うのだろうか?
その点を整理するためためには、『エヴァンゲリオン』の1995年から『AIR』の2000年までのあいだに起きた、2回目のパラダイムシフトの存在を知る必要がある。この5年間のあいだにオタクたちは大きく変わった。彼らの関心の中心はアニメからゲームへ移り、インターネットが同人誌の流通を変え、メディアミックスが個々の作品の完結性を崩し、ドローソフトの導入がキャラクターデザインを大きく変質させ、前号のコラムで森川嘉一郎氏が指摘していたように秋葉原がオタクの街になった。ギャルゲーの誕生には以上の変化が集約している。
ぼくは最近『動物化するポストモダン』という本で、その変化の本質を「物語消費からデータベース消費への変化」と名づけた。1995年以前の第1次オタク系文化(仮にそう呼んでおこう)では作品を支える物語や世界観が重要だった。それに対し、現在の第2次オタク系文化では、重要なものは作品から離れたキャラクターの設定やデザインであり、さらにはその背後にある「萌え要素」のデータベースだ、という議論だ。おそらくこの変化の背景には、1990年代のIT革命の奔流のなかで、オタクの中心が文科系学生から工学部系学生へと大きくスライドしたという事情がある。工学部の学生は物語よりもシステムを好む。
文科系と工学部の差異といった面倒な話は横に置くとして、ここで重要なのは、同じオタクといってもこの二つの世代のあいだではさまざまな点で感性が違うということだ。アニメ中心の古いオタクは「物語」を重視し、ギャルゲー中心の新しいオタクは「データベース」を重視する。このことは、同じ美少女が好きといっても、両世代でかなり異なった反応を生み出す。古いオタクにとって、キャラクターの魅力はあくまでも物語のなかで作られるものだ。ラムやミンキーモモをデザインや設定だけで好きなファンはいない。彼女たちの魅力は、押井守や首藤剛志が作り上げたシュールな作品世界と切り離せない。言い換えれば、かつてはキャラは「立つ」ものだったわけである。オタクたちは「キャラが立った」登場人物を愛した。それはクラリスやセイラから綾波レイまでほぼ変わらない。
しかしギャルゲー以降においては、キャラクターは物語で支えられる必要がない。ならばその魅力はどこから来るのかといえば、それはどうやら消費者の頭の中から来ている。猫耳でも「うぐぅ」でも川澄綾子の声でも何でもいいが、キャラクターの構成に何か適当なフックがあれば、あとはそこに引っ掛かったオタクたちが勝手に「萌え」、膨大な量の二次創作を生み出してくれる。それがいまの市場である。キャラはもはや「立つ」必要がない。キャラを支える作品がいかに空虚であったとしても、あるいはそもそもそんなものがなかったとしても、そこに「萌える」オタクたちが十分な数いれば、それは大きなムーブメントになってしまう。デ・ジ・キャラットからエコアイス(えここ)へ、そして偽春菜へ、というこの数年の流れには、その傾向が象徴的に現れている。
1995年を境として、オタクたちのキャラに対する感情移入は、作品から喚起される受動的なものから、作品に向けて作り出す能動的なものに変わった。経済紙風に、それを「メーカー主導型」から「ユーザー主導型」への変化だ、と言ってみてもいい。その変化がオタク系文化全体にとっていいことなのかどうか、ぼくにはよく分からない。もしかしたらそれは、単にメーカー(作者)の創作意欲を減退させるだけかもしれない(実際にその傾向はアニメで顕著だ)。いずれにせよ、ぼくたちがいま「萌え」と呼んでいる現象は、このような感情移入の質的変化のうえに成立している。2000年代のキャラは、「立つ」ものではなく、「萌える」ものなのだ。でじこや偽春菜の魅力は、クラリスやセイラからかぎりなく遠い。
2002.8.31公開